株の山茶花に過ぎざりけるを、けふを限りと復た更に其の傍に立ちて見るに、思はざる花の綻びたるがそれも彼方に一つ此方に一つと只二つのみに餘所にはふゝめる枝もなし、此の花遂に我がためにのみさきつくしけるにこそとさへ思ひいでられて
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我がおもふ人にあらなくに山茶花は一樹が枝に相隔りぬ
山茶花の畢《つひ》なる花は枝ながら背きてさけり我は向けども
山茶花のはなは見果てゝ去ぬらくに人は在處《ありど》も知るよしもなく
此の如ありける花を世の中に一人ぞ思ふ其の遙けきも
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三月七日、暫しが程と郷にかへる、三日ばかりして歸りこんと出で行きて既に四月にもなりたれば、あたりはさながら忘れ去りたるやうなるを一日二日とある程に
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ゆくりなく拗切《ちぎ》りてみつる蠶豆の青臭くして懷しきかも
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蠶豆はまだ短くして、たとへば土に落ちたる生石灰の石のやうなるが自ら水分をふくみてほとびつゝあるが如し、我も此より遠く西國の旅に赴かむとすれば
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蠶豆の柱の如き莖たゝばいづべに我は人おもひ居らむ
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