げ]
既に五十日にも餘りぬれば我が病院生活も半を過ぎたらむと思ふに、待つ人の遂に來らねば徒らにおもひを焦すに過ぎず醫術の限を竭して後は病はいかに成り行くべきかと心もこゝろもとなくて、一月廿三日の夜いたく深くる程に筆とりて
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我が病いえなばうれし癒えて去なばいづべの方にあが人を待たむ

あまたゝび空しく門は過ぎゝとふ人はかへしぬ我が思止まず

癒えぬべきたどきも知らず病みたれば悲しと來しに我は逢はぬに

こゝにして來なば來なむと待つ人のこゝにも來ねばいつとてか見む

霜柱庭に立てれば石踏みて來とさへいひてやりける人を

いたづらに思ひたのめて人待つと氷は閉ぢて解けにけらずや

さきはひを人は復た獲よさもあらばあれ我が泣く心拭ひあへなくに

おほよそは心は嘗ていはなくに思ひ堪へねばいひにけるかも

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又庭にある山茶花のあはれにさきのこれるに僅に懷をやるとて
[#ここで字下げ終わり]

打ち萎え我にも似たる山茶花の凍れる花は見る人もなし

山茶花のわびしき花よ人われも生きの限りは思ひ嘆かむ

山茶花は萎えていまは凍れども命なる間は豈散らめやも

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