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十六日朝、博多を立つ、日まだ高きに人吉に下車し林の温泉といふにやどる、暑さのはげしくなりてより身はいたく疲れにたりけるを俄かに長途にのぼりたることなれば只管に熱の出でんことをのみ恐れて
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手を當てゝ心もとなき腋草に冷たき汗はにじみ居にけり

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十八日、日向の小林より乘合馬車に身をすぼめて、まだ夜のほどに宮崎へこゝろざす
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草深き垣根にけぶる烏瓜《たまづさ》にいさゝか眠き夜は明けにけり

霧島は馬の蹄にたてゝゆく埃のなかに遠ぞきにけり

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十九日、宮崎より南の方折生迫といふにいたる、青島目睫の間に横はりてうるはしけれど、此の日より驟雨いたりてやがて連日の時化に變りたれば、心落ち居る暇もなきに漁村のならはし食料の蓄もなければ
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かくしつゝ我は痩せむと茶を掛けて硬《こは》き飯はむ豈うまからず

酢をかけて咽喉こそばゆき芋殼の乏しき皿に箸つけにけり

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二十五日に入りて、雨は更に戸を打つこと劇しくして止むべきけしきもなし
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