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須磨寺の松の木の葉の散る庭に飼ふ鹿悲し聲ひそみ鳴く
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須磨敦盛塚
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松蔭の草の茂みに群れさきて埃に浴みしおしろいの花
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舞子濱
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落葉掻く松の木の間を立ち出でゝ淡路は近き秋の霧かも
舞子の濱松に迫りてゆく船の白帆をたゆみいし漕ぐや人
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明石人丸社
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淡路のや松尾が崎に白帆捲く船明かに松の上に見ゆ
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明石にやどる此夜大漁
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沖さかる船人をらび陸どよみ明石の濱に夜網夜曳く
瀬戸の海きよる鰯は彌水《いやみづ》の潮の明石の潮|※[#「さんずい+和」、第4水準2−78−64]に曳く
鰯引く袋をおもみ引きかねて魚籃にすくふ磯の淺瀬に
いわし曳く網のこぼれはひりはむと渚の闇に群れにけるかも
明石潟あみ引くうへに天の川淡路になびき雲の穗に歿る
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廿六日、垂水濱
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茅淳の海うかぶ百船八十船の明石の瀬戸に眞帆向ひ來も
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廿七日、南禪寺附近
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葉※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]頭《かまつか》もつくる垣内のそしろ田に引板の繩ひく其水車
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廿八日、八瀬の里に竈風呂を見る、岩もて洞穴のやうにつくりたるものなり、朝に穴のうちに火を焚けばぬくもり終日去らず、鹽俵をしきて内に入りて戸を閉ぢて打ち臥すなりとぞ、けふは冷えたる儘なり、家のさまは人を待つけしきにて庭には枝豆も作れり
[#ここで字下げ終わり]
おもしろの八瀬の竈風呂いま焚かば庭なる芋も堀らせてむもの
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大原
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粽巻く笹のひろ葉を大原のふりにし郷は秋の日に干す
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寂光院途上
[#ここで字下げ終わり]
鴨跖草の花のみだれに押しつけてあまたも干せる山の眞柴か
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寂光院
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あさ/\の佛のために伐りにけむ柴苑は淋し花なしにして
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堅田浮御堂
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小波のさや/\來よる葦村の花にもつかぬ夕蜻蛉かも
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廿九日、朝再び浮御堂に上る、此あたりの家々皆叺をつくるとて筵おり繩を綯ふ
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長繩の薦ゆふ藁の藁砧とゞと聞え來これの葦邊に
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湖畔には櫟の木疎らにならびたり
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布雲に叢雲かゝる近江の湖あさ過ぎくればしき鳴くや鵙
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比叡辻村來迎寺森可成墓
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冷かに木犀かをる朝庭の木蔭は闇き椰の落葉や
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志賀の舊都の蹟は大津町の北數町にして錦織といふ所に在り、即事
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さゝ彼の滋賀の縣の葱作り※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶垣つくるあらき※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]朶垣
澁柿の腐れて落つる青芝も畑も秋田もむかし志賀の宮
[#ここから6字下げ]
此舊都の蹟は洵に形勝の地なり、以て天智天皇の剛邁果敢の英主なりしを想見すべし
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いにしへの近江縣は湖濶く稻の秀國うつそみもよき
うつゆふのさき國大和すみ棄てゝうべ知らしけむ志賀の宮どころ
滋賀つのや秋田もゆたに湖隔つ田上山はあやにうらぐはし
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弘文天皇山陵
[#ここで字下げ終わり]
白妙のいさごもきよき山陵は花木犀のかをる瑞垣
[#ここから6字下げ]
志賀宮の舊蹟を見て此の山陵を拜すれば一種の感慨なき能はず
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世の中は成れば成らねばかにかくに成らねば悲し此の大君ろ
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卅日、嵯峨に遊びて福田静處先生を訪ふ
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一むらは乏しき花の白萩に柿の梢の赤き此庵
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導かれて近傍の名所を探る、野々宮
[#ここで字下げ終わり]
冷かに竹藪めぐる樫の木の木の間に青き秋の空かも
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小倉山時雨の亭に至る、くさ/″\の話のうちに茸狩りし趾の小き穴に栗の一つ宛落ちたるは烏のしわざなりなど語らるゝをきゝて
[#ここで字下げ終わり]
繩吊りて茸山いまだはやければ烏のもてる栗もひりはず
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嵯峨より宇多野に到る
[#ここで字下げ終わり]
小芒の淺山わたる秋風に梢吹きいたむ桐の木群か
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十月一日、栂尾
[#ここで字下げ終わり]
栂尾の槭《もみぢ》は青き秋風に清瀧川の瀬をさむみかも
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二日、大津より彦根に渡る
[#ここで字下げ終わり]
葦の邊の※[#「魚+入」、第3水準1−94−32]《いり》[#底本のルビ「いり」は「えり」か?]おもしろき近江の湖鴨うく秋になりにけるかも
[#ここから6字下げ]
※[#「魚+入」、第3水準1−94−32]は水中に竹簀をたて圍みたるをいふ、魚とるためなり彦根城廓内
[#ここで字下げ終わり]
鵯の晴を鳴く樹のさや/\に葛も薄も秋の風吹く
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天主閣にのぼる
[#ここで字下げ終わり]
名を知らぬ末枯草の穗に茂き甍のうへに秋の虫鳴く
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夕、彦根を去らむとして湖水をのぞむ
[#ここで字下げ終わり]
比良の山ながらふ雲に落つる日の夕かゞやきに葦の花白し
[#ここから6字下げ]
三日、伊勢に入る
[#ここで字下げ終わり]
宮路ゆく伊勢の白子は竹簾古りにしやどの秋蕎麥の花
[#ここから6字下げ]
一身田村途上
[#ここで字下げ終わり]
鵲豆《ふぢまめ》を曳く人遠く村雀稻の穗ふみて芋の葉に飛ぶ
[#ここから6字下げ]
四日、桃澤、奥島二氏と安濃津に遊ぶ、岩田川の河口を贄崎といふ安濃津に集る船は此川に入りて錨を卸す
[#ここで字下げ終わり]
安濃の津をさしてまともにくる船の贄の岬に眞帆の綱解く
贄崎の※[#「魚+是」、第4水準2−93−60]の筵ゆふかげり阿漕が浦に寄するしき浪
[#ここから6字下げ]
五日
[#ここで字下げ終わり]
伊勢の野は秋蕎麥白き黄昏に雨を含める伊賀の山近し
[#ここから6字下げ]
六日、能褒野に至る、山陵は小なれども神さびたるに、程近き宮はあたり淋しくして形ばかりに齋きたるさまなり
[#ここで字下げ終わり]
淺茅生のもみづる草にふる雨の宮もわびしも伊勢の能褒野は
秋雨のしげき能褒野の宮守はさ筵掩ひ芋のから積む
[#ここから6字下げ]
四日市より横濱へ汽船に乘る、風浪烈しくして伊勢灣を出づる能はず、伊良胡崎の蔭に假泊す
[#ここで字下げ終わり]
潮さゐの伊良胡が崎の巖群にいたぶる浪は見れど飽かぬかも
[#ここから6字下げ]
夜半(錨を)卷く、雨全く霽れて星かゞやけり
[#ここで字下げ終わり]
伊良胡崎なごろもたかき小夜ふけに搖りもてくれば心どもなし
[#ここから6字下げ]
七日、船觀音崎に入る
[#ここで字下げ終わり]
しづかなる秋の入江に波のむた限りも知らに浮ける海月《くらげ》か
[#ここから6字下げ]
十三日、郷に入り鬼怒川を過ぐ
[#ここで字下げ終わり]
異郷もあまた見しかど鬼怒川の嫁菜が花はいや珍らしき
わせ刈ると稻の濡莖ならべ干す堤の草に赤き茨の實
[#ここから6字下げ]
我がいへにかへりて
[#ここで字下げ終わり]
めづらしき蝦夷の唐茄子蔓ながらとらずとぞおきし母の我がため
唐茄子は廣葉もむなし雜草《あらぐさ》の蚊帳釣草も末枯にして
[#改ページ]
明治三十九年
鬼怒沼の歌
上
脚にカルサン、肩に斧、
樵夫分け入る鬼怒沼山、
藤の黄葉に瑠璃啼きて、
露冷けき樹の間を出で、
薄に交る※[#「木+若」、第3水準1−85−81]の栗、
上枝の毬に胸を擦る。
黄苑は、たかくさきほこり、
せむのうの花朱を流す、
たをりの草に朗かに、
白銅磨く湖の水。
山の秀ゆるく四方に遶り、
まどかに覆ふ秋の天。
桔梗短くさき浸る、
汀に寄らす天少女、
玉松が枝に領巾解き掛け、
湖水に、糸をさらし練る。
燃ゆるが如き糸引けば、
紅うつくしく澄める水、
白糸練れば忽ちに、
たゝへし水は白銀の如。
青糸解きて打ち浸せば、
琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]にほふ底の石。
七彩糸と管に巻く、
小※[#「竹かんむり/隻」、第3水準1−89−69]の糸を引き延べて、
十二の筬に機足踏む。
十二の聲の玉響き。
諸手の眞梭の往きかひに
衣手輕くさゆらぐや、
譬へば霧のさや/\と、
山の梢を渡る如。
妙なる機の聲を慕ひ、
擔ひし斧を杖つきて、
我を忘れて聽く樵夫。
風鐸遠く野に響き、
落葉が下に水咽ぶ。
八十尋錦巻き抱き、
迎ふる雲の穗に乘りて、
振りかへりみる鬼怒沼媛、
はじめて仰ぐ天女の面曲。
御衣も御くしも悉く、
黄金の光眼を射る。
黄雲ながく尾を引きて、
黄金の瀲※[#「さんずい+猗」、第3水準1−87−6]湖に搖り、
金線繁りぬ、玉松の葉。
掌大の花さき滿ちて、
花悉く金覆輪。
花瓣重く傾きて、
甘露の水の滴るを、
啜りて醒めぬ、悲しき樵夫。
ふとしき樫の柄も朽ちて、
大地に、斧は錆びつきぬ。
身を沒したる雜草に、
穗向の風の騷立ちて、
我を駭く湖畔の夕。
下
秋の朝雲あさ燒くる、
眞日の光の奇異しくも、
あめつちなべて黄變して、
草もゆるがぬ日を一日。
暴風來りぬ、ゆゝしきかも。
大樹を摧き、石を飛ばし、
八つ峰嚴しき鬼怒沼山、
爭ひかねて靡かむとす。
山ふところに吹き付くる、
雲のちぎれの雨に凝り、
沛然として降る三日、
土洗はれて山痩する。
どう/″\として石相搏ち、
底鳴り震ふ水の勢。
相交はれる山の尾も、
押し諸向けて激ち去る。
剩雲いまは收るや、
見る目悲しきふところに、
うつし殘る家一村。
恐怖に籠る樵夫が伴、
竊にいたむ人の身の上。
萱の茂りを刈り燒きて、
すなはち作る稗の穗を、
七たび伐りぬ、山の秋。
落葉に拾ふ橡の實を、
碓にくだきて澤にひて、
七たび造りぬ、橡の味噌。
鬼怒沼山に斧とりに、
ゆきて聞えぬ人を悼み、
秋さり毎に物を供へ、
まつり營む人のまこと。
蔓の黄葉を眞探りて、
おどろがさ枝に藷蕷を堀り、
霜に赤らむ梢の柿、
澁きを、榾の火に燒きて。
人のまことは物を供へ、
まつりいとなむ淋しき夕。
蓬髪ながく肩に垂れ、
垢つく衣朽ちたるに、
窶れしかひな杖つきて、
柄もなき斧の錆びたるを、
葡萄の蔓に抜き負ひて、
よろぼひ渡る藤の棧橋。
あやしむ人をあやしみつゝ
樵夫はいまぞ還り來れる。
氷塊一片
[#ここから6字下げ]
昨秋予の西遊を思ひ立つや、岡本倶伎羅氏を神戸の寓居に叩かんと約す、予が未發程せざるに先だち、氏は養痾の爲め、播磨の家島に移りぬ、予又旅中家島を訪ふを果さずして歸る、近頃島中の生活養痾にかなへるを報じ、且つ短歌數首を寄せらる、心爲に動き即愚詠八首を以て之に答ふ(其六首を録す)
[#ここで字下げ終わり]
津の國のはたてもよぎて往きし時播磨の海に君を追ひがてき
淡路のや松尾が崎もふみ見ねば飾磨の海の家島も見ず
飾磨の海よろふ群島つゝみある人にはよけむ君が家島
冬の田に落穗を求め鴛鴦の來て遊ぶちふ家島なづかし
家島はあやにこほしもわが郷は梢の鵙も人の獲るさと
ことしゆきて二たびゆかむ播磨路や家島見むはいつの日にあらむ
[#ここから6字下げ]
女あり幼にして母を失ひ外戚の老婦の家に生長せり、生れて十七、丹脣常に微笑を湛へて嘗て憂を知らざるに似たり、之を見るに一種の感なき能はず乃ち爲に短編一首を賦す
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母があら
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