と、ぬた人のこゝだくに喰ひ、ぬたぐそをこゝだくまれば、柿の木の枝は茂りて、片枝は家にかぶさり、片枝は庭にひろごり、うまし實はあまたみのらひ、その枝の折れやせんと、竹さゝへ木さゝへし、ひたすらに赤らむ待つを、宵々に家の外に來て、折々は空泣く鬼の、攀ぢ登り取りてくらひ、殘る實のありのことごと、たふさぎを解きて包むと、あやまりて落す響に、驚きし犬の吠ゆれば、ぬた人は人呼びつどへ、荒繩を堅繩になひ、うちふるひ木に居る鬼を、うしろ手の小手にしばりて、左角いたく叩けば、ひだり角かしらに入りぬ、みぎり角いたく叩けば、右角かしらに入りぬ、手を打てば手なくなり、足打てば足もなくなり、うつそみの世にはえ知らぬ、柿の實の赤き實となり、ふつ枝のほつ枝がもとに、さがりけるはや
東宮御西遊
天つ日の日つぎにませば日のみこは國原まねくいめぐりたまふ
とよ秋をきよみさやけみいまだみぬ國をみさすといでたゝすかも
たなつものみのらふ秋をよろしみといでます空に鶴なきわたる
みあらかをまだきたゝして白雲のたなびく山のあなたゆかすも
とこよべにありとふ神は和田の原沖の汐路に玉しくらむか
白雲のむかふすかぎり山々は紅葉かつらぎむかへまつらふ
山にゐる毛ものも海のひれものも秋にしあればみけのまに/\
みとまりの宮居の上に紫の豊旗雲はたなびきわたる
即興
庭のなかにあさる雀のたま/\に縁にのぼりて疊にあがりぬ
縁の上にのぼる雀の縁こえてたゝみに移り敷居にとまりぬ
障子あけて晴をよろこぶ家の中にすゞめ來りぬひとつ來りぬ
鳥籠にとりはあれども家に入るすゞめうれしみ米をまきけり
家に入るすゞめのために米播けばすゞめとび立ち遂に來らず
縁の上にたゝみの上に散りてある米をすゞめの啄くよろしも
庭にまかば雀よるべし家に入るすゞめ珍らしみ家に米を蒔く
家の中にこめをくひに來やよ雀汝が舌切らん我にあらなくに
縁の上にたゝみの上に米まきてゆふべになれど雀また來ず
雀にとたゝみの上にまきおきしこめ掃寄せて庭におとしつ
橋
川口のゆるき流れにかけわたす橋長うして海見えわたる
山川の早き流れにそば立てる大岩かけて二橋わたす
即景
畑の中を庵へかよふ道のへの桑のめぐりに芋を植ゑたり
畑の上を風のわたれば芋の葉のゆら/\ゆれていそがしきかも
樫の木のなみたつひまに畑見えて畑のつゞきに小松原みゆ
垣の外になめて植ゑたる柿の木のうまし木の實のともしきろかも
もろこしの高穗ゆるがし畑をすぎ庭の木草に風ふきわたる
[#改ページ]
明治三十四年
雪
あら山の雪にこやせる旅人あはれ 家のらばい行きて妹に告げやらましを
海
住吉のあまにもがもな常世べのをとめが宮にゆけらく思へば
氷
西ふくや風寒ければ網ほせる汀の葦に氷むすびぬ
氷ゐる水のそこひの白珠の目にはつけどもとりがてぬかも
酒
いはひ瓮にうま酒みてゝうめきとふ野べのつかさは松木たれたり
滑稽
萱刈りて畑なひらきそ麻田比古が額の片へに麥蒔かば足り
君によりなごむ心はにひ藁に包む海鼠のしかとくるごと
橋
大王のとほのみ門と。しきます越の國内に。山はしもさはにあれども。名ぐはしその立山を。いめぐらふかたかひ河は。征矢なす水のはやけば。架けわたす橋もあらねば。さと人のいよりつどひて。かにかくに計らひけるに。その中の人の言へらく。山つみの神の命に。こひのみねぎ申して。うつそみの人の命を。そこにしも沈めてあらば。とこしへに橋はあらむと。苟且《かりそめ》に言ひけることを。その人の命沈めと。神よさしよさせりければ。悔ゆれどもせむすべ知らに。ひとり子とめでし少女を。手ひかひてなげき告ぐらく。命をし永く欲りせば。徒にものな言ひそと。ちゝのみの父の命の。いましめと告げゝることを。山吹のにほへる妹が。吾背子と相見しのちも。繭ごもり息づきわたり。背をだにも呼ぶことなけば。妹なねをかひなきものと。ふるさとに背子がおくりて。立山の山のふもとの。橋のへに到りし時に。さつ人の筒とり持ちて。分け入りし山の雉子の。柴中に鳴きける聞きて。年久に言はざる妹が。言はまくのもだもありせば。水そこに父ありけめや。嬬戀に汝が鳴かずば。さつ人に知られけめやと。打なげき叫び言ひける。科坂在古思の少女の。古にありけることを。いひつがひかたりつがひて。うつそみの今のをつゝに。聞けば悲しも。
ちゝのみの父を悲しみもだもありし越の少女の古思ほゆ
灯
ころも手の常陸のうみ。夏麻引うなかみ潟と。こちごちの波の來よらふ。犬吠の埼の上に。天しぬぎ立てるうてなに。常夜にてれるともし灯。雲る夜の風の吹く夜は。往きなれてかよひし船も。これなしにえ行か
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