ぬ念へば。あやにたふとき。
うきす
五月雨のいやしきふれば。うらさびてさぶしき沼の。水くまりの水の門のへより。榜ぎさかりあし原ゆけば。へにしづき沖になづさふ。にほどりの水くさ咋ひ持ち。かきあつめむすぶうき栖《す》の。風吹けば風にゆられ。波立てば波にゆられて。しまらくも安からなくに。そこにして卵子《かひこ》は生りぬ。あはれその栖を。
水に住むものにあるから鳰どりの水草が中にその栖つくらく
別莊
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大洗の岬なる水戸侯の別莊を見てよめる
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ころも手の常陸のくには。おほうみにたゞに向へば。みがほしきいづこはあれど。大汝少彦名の。いしづまる神の三埼は。いそみれど沖べを見れど。ならびなきはしきみさきと。玉かづらたゆることなく。あともひて人もつぎ來れ。こゝにしもいほりし居らば。命も長くあらむと。大宮に仕ふる公か。あきつかみ吾大王の。年のはにいとまたまへば。うからをこゝにつどひて。立居て見れどよろしみ。ころふして見れどよろしみ。日も足らずそこに念はし。年のごとありけるものを。行水のゆきて去にしと。まが言か人の云へるに。をと年も去年もことしも。汐さゐのありその上に。い立たせることもあらねば。玉松のしげきが下に。もとのごと家はあれども。さぶしきろかも。
畏きや神のみ埼にうつせ貝むなしき家を見ればさぶしも
蚯蚓鳴く
あらがねの土の下にて。己が世の住みかもとむと。たまさかに凝りてむすべば。さ百合はなそこに開くと。古ゆ今に言ひつぎ。世の中に怪しきものと。尻のへもかしらも分かず。はひもとほり生ける蚯蚓の。竹|※[#「竹かんむり/瞿/又」、第4水準2−83−82]を手にくる糸の。ほそぼそに鳴くなるよひの。うみ苧なす長き夜すらは。いねがてに常する吾も。やすいするかも。
鑛毒
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鑛毒地被害民の惨状を詠ずる歌一首並反歌
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下つ毛の足尾の山は。まがつみのうしはく山か。その山に金堀るなべに。かなけ水谷に漲り。をちこちの落合ふ川の。大舟のわたらせ川に。時分かず流れ注げば。その川の霑す極み。荒金の土浸みとほり。八ツ子持つ芋も子持たず。蠶飼ふ桑も芽ぐまず。水田には蘆生ひしげり。くが田には萱し靡けば。安らけく住み來し民も。過ぎへなむたどきを知らに。父母は阿子に離れて。壯丁はも妹に別れて。うき雲のさ迷ひ行けば。たまり水止まるものも。ありへにし家にも居かねて。煙だに下へ咽べば。世の中にまさしき人の。同胞の嘆くを見れば。いかで君仇にはあらめやと。益荒雄の鋭心起し。家忘れ身もたな知らず。國統ぶる司の門に。つばらかに聞えあぐれど。大君の任のまに/\。きくといふ司人やも。正耳はしひにけらしも。もゝ足らず八十たび申せど。かへり見ることもあらねば。飯に飢て恨み泣けども。すべもあらぬかも。
反歌
いかならむ年の日にかも毛の國の民の嘆きの止む時あらむ
ひしこ漬
足妣木の山を近みと。木がくりに家居しせれば。世のことしけ疎くあれど。雁がねの刈田さわたり。秋風の寒けき頃の。てる月の明き夜頃は。鰯引く浦にぎはふと。辟竹の籃にみてなめ。こゝまでにひしこも來れ。鶉鳴く畑のしげふの。しだり穗の粟とり交へ。八鹽折の酢につけまくと。京さびこゝに吾せる。珍らしみとぞ。
秋風の寒く吹くなべ竹籃にひしこ持ちて來とほき濱びゆ
髪
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十月の末母の命によりて成田山にまうで毛綱を見て作れる歌并短歌
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母刀自の依しのまにま。とりじもの朝立ち出でゝ。下埴生の成田の寺に。夕さりにい行き到れば。人あまたそこには滿ちて。靈しくも八棟立ちなみ。珍らしき物さはなれど。玉の輪と捲ける太綱は。いた惱む吾背がためと。まかなしきめづ兒がためと。をみな子の思ひしなえて。丈長のその玄髪を。利鎌もて萱刈る如く。ふさたちて供へまつれば。千五百房八千五百房と。山のごとつもれる髪を。堅よりによりて結びて。この岡の岡の上ろに。棟引くと掛けし毛綱ぞ。下埴生にいます佛は。上つ代ゆ今のをつゝに。たふとみと人の來寄れば。この綱のいや長々に。太綱のたゆることなく。後の世もしかぞあるべき。み佛の寺。
をみな子のその丈長の黒髪を斷ちて結びし太綱ぞこれ
冬の夜
いちしばの林がうれに。凩のいたくし吹けば。まげいほのいほのめぐりは。黍の稈しゞにゆへども。すべもなく寒くしあるを。ぬば玉の夜さりくれば。焚木だに折りてはたかず。ともし灯を中にかくみて。にひ藁を繩になひつぎ。白糸を※[#「角+燗のつくり」、40−3]《わく》に手くると。ひまもなくいそしむ人の。ふけ行けばすのこが上に。しづ衾引きかゝぶりて。さぬらくの安しとかもよ。うけくは知らに。
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