長塚節歌集 上
長塚節

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)苟且《かりそめ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)千|筋《いき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+怱」、第3水準1−85−87]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なが/\し
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 明治三十一年

    暮春雨

惜しまるゝ花のこずゑもこの雨の晴れてののちや若葉なるらむ

    春哀傷

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林子を悼みて
[#ここで字下げ終わり]

ちりしみのうらみや深きみし人のなげきやおほきあたらこの花

    海邊鵆

昨日こそうしほあみしか大磯のいそふく風に千鳥なくなり
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 明治三十二年


    元旦

若水を汲みつゝをれば標はへしふたもと松に日影のぼりぬ

    菖蒲

生れしはをのこなるらむ菖蒲草ふきし軒端に幟たてたり

    避暑

この夏は來よと文しておこせたる伯母がりとはむ山のあなたに

    秋郊虫

萩こえし垣をまがりて右にをれて根岸すぐればむしぞなくなる

    時雨

水仙の花にむしろもおほひあへず小さき庭をかせ時雨きぬ

    初雪

船にねて船をいづれば曉のはつ雪しろしかけはしの上に
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 明治三十三年


    森

野を行けばたゞに樂しく森行けばことゝしもなく物ぞ偲ばゆ

菅の根のなが/\し日も傾きて上野の森の影よこたはる

    雪中梅

睦月七日寺島村によぎりきて雪かさきたる梅あるをみつ

    竹の里人をおとなひて席上に詠みける歌

歌人の竹の里人おとなへばやまひの牀に繪をかきてあり

荒庭に敷きたる板のかたはらに古鉢ならび赤き花咲く

生垣の杉の木低みとなり屋の庭の植木の青芽ふく見ゆ

茨の木の赤き芽をふく垣の上にちひさき蟲の出でゝ飛ぶ見ゆ

人の家にさへづる雀ガラス戸のそとに來て鳴け病む人のために

ガラス戸の中にうち臥す君のために草萌え出づる春を喜ぶ

古雛をかざりひゝなの繪を掛けしその床の間に向ひてすわりぬ

若草のはつかに萌ゆる庭に來て雀あさりて隣へ飛びぬ

ガラス戸のそとに飼ひ置く鳥の影のガラス戸透きて疊にうつりぬ

枝の上にとまれる小鳥君のために只一聲を鳴けよとぞ思ふ(座上の剥製の鳥あり)

    四月短歌會

     桃花

庭の隅に蒔きたる桃の芽をふきて三とせになりて乏しく咲きぬ

     星

夜になれば星あらはれて晝になれば星消え去りて月日うつり行く

     化物

ものゝけの三つ目一つ目さはにありと聞けどもいまだ見し事の無き

     剥製鳥

木の枝にとまれる鳥のとまり居て逃ぐる事もなし鳴く事もなし

    竹の里人に山椒の芽を贈りて

山椒はくすしき木なり芽もからくその實もからくその皮もからし

鄙にあれば心やすけし人の家の垣の山椒の芽を摘みて來つ

山椒の刺をかしこみ手をのべて高きほつ枝の芽を摘みかねつ

山椒の花はみのらず花咲かぬ山椒の木に實はむすぶとふ

竹やぶの山吹咲きて山椒の辛き木の芽の摘むべくなりぬ

    同※[#「木+怱」、第3水準1−85−87]の芽を贈りて

藪わけてたらの木の芽を尋ぬればさきだつ人の折りし跡あり

紙につゝみ火にあぶりたるたらの芽は油にいりてくらふべらなり

たらの木の木の芽を摘むと村人の通はぬ藪に我入りにけり

刺生えて枝も無き木のたらの木は鳥とまらねば鳥とまらずといふ

竹やぶにたま/\生ふるたらの木の刺ある木の芽折りて贈りぬ

    芝居

をかしといふ猿の芝居を見に行けば顔に手をあて猿が泣きけり

むしろ掛けし芝居の小屋は雨漏りて雨のふる日は芝居やすみぬ

    三人根岸草廬に會し庭前の風といふ題にて

襟を吹くすゞしき風に庭の面の萩の若葉はこなたなびきぬ

垣の外の椎を吹く風垣の内の萩をなびかし此家に入る

隣家に碁をうつ音の聞えきて竹の末葉に風わたる見ゆ

垣の上の梅の木末をゆるがしてすゞしき風のふところに入る

梅の木の木末ゆらゝに風吹けど松のみどりは動かざりけり

百草の千草の中にむらおふる萩の若葉に風吹きわたる

風吹けば萩の若葉の右になびき左になびきあひてまたはなる

眞萩はも風多き草か日を一日なびきかたよりいとまもあらず

    讀平家物語 附聽平家琵琶

野に山にたらひわたれるものゝふのをたけびなして水鳥たちぬ(富士川)

綱とると尻毛手握りむちうてば後の方へ馬馳せいだす(同)

逃げ去りしいくさの跡に亂れたる弓は弱
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