で日はも經なくに、斧とりて分け入る山の、杉の木の皮剥ぐ如く、枕つく小衾去りて、忽ちに病は癒えぬ、かくのごとはやきしるしの、世の中にまたもあらめや、天の隈とほつ祖より、うつそみの人の命を、救へりしかずは知らえず、しか故に年のは毎に、かぶら菜はこゝだも作る、世の人おもひて、(明治三十四年作)
短歌
人のすることにはあれどもこきだくに蕪作るも世の人のため
[#ここから6字下げ]
余が家祕法を以て藥を製す、蕪菁を作りて之が料に充つ故に末節之に及ぶなり
[#ここで字下げ終わり]
まつがさ集(一)
[#ここから6字下げ]
七月廿六日、左千夫君百穗君と共に雨を冒して筑波山に向ふ、越えて廿八日予之を予が家に招く、途に騰波の湖を渉り大木より下妻といふ所を過ぐるに鉢植のうつくしきをおきたる家あり、さし覗きて見れば針の師匠の住む家にて少女どもあまたならび居たれば戯れに作りたる歌一首
[#ここで字下げ終わり]
槻の木の大木の岡の、ひた岡に小豆をまき、小豆なす赤ら少女を、立ち返りよくも見なくに、けだしくも心あるごと、人見けらずや、
[#ここから6字下げ]
予が家に盜人の入りたる穴をもとの如くふたがずありしを左千夫君の見とがめければよみける歌一首
[#ここで字下げ終わり]
はしきやし騰波の淡海の、水くまりの穿江があすれば、葦邊にや穴をつくり、蟹こそそこにはひそめ、鯰こそそこにはひそめ、ひそめど手をさし入れて、掻き探りとるとふものを、盜人のきたち窺ひ、かくのごと壁はゑりしか、すむやけく去にけるもの故、とりがてにあたらしきかも、穴はもあれども、
[#ここから6字下げ]
二十九日、けふは歸らむといふ左千夫君をおくりて椚林の中をさかゐといふ所へ行く、ひた急ぐ程に左千夫君のおくれがちに喘ぐさまなれば、戯れてよめる歌
[#ここで字下げ終わり]
赤駒の沓掛過ぎて、楢の木の生子を行けば、萱村に鳴くやよしきり、よしきりの止まず口叩き、足惱むとひこずる君を、見るがわぶしさ、
[#ここから6字下げ]
左千夫君予より重きこと七八貫目、予が先立ちて行くごとにいつも我は七八貫目の荷を負ひたるが如し、君にはそれ程の荷を負はしめなばいくばくもえ行じと、左千夫君の旅行くとだにいへば日にいくたびとなくいひ戯るゝをきゝてよめる歌
[#ここで字下げ終わり]
赤駒の荷をときさけて、七秤八秤もちて、おひ持ちて我をい行けと、ひた走せに走せても行かむを、から臼なすふとしき君が、ほゝたぶら秤にかけ、しりたぶら秤にかけ、七はかり八はかりかけ、切りそけて我に負はしめ、負はしめもいざ、
七月短歌會
那須の野の萱原過ぎてたどりゆく山の檜の木に蝉のなくかも
豆小豆しげる畑の桐の木に蜩なくもあした涼しみ
露
あまの川棚引きわたる眞下には糸瓜の尻に露したゞるも
芋の葉ゆこぼれて落つる白露のころゝころゝに※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]のなく
青壺集
[#ここから6字下げ]
わすれ草といふ草の根を正岡先生のもとへ贈るとてよみける歌并短歌
[#ここで字下げ終わり]
久方の雨のさみだれ、おぼゝしくいや日に降れば、常臥にやまひこやせる、君が身にいたもさやれか、つねには似てもあらずと、玉梓の知らせのきたれ、葦垣のみだれて思へど、投左のとほくしあれば、せむ術もそこに有らねど、はしきやし君が心の、慰もることもあらむと、吾おくるこれの球根は、春邊はしげき諸葉の、跡もなく枯れてはあれども、鑛は鎔くる夏にし、くれなゐの花の蕾の、一日に一尺に生ひ、二日に二尺に延び、時じくに匂ひぞ出づる、忘れ居しごと、(明治三十四年夏作)
短歌
病をし忘れて君が思はむとこの忘草にほふべらなり
[#ここから6字下げ]
常陸國霞が浦に舟を泛べてよみける歌八首(舊作)
[#ここで字下げ終わり]
葦の邊を榜ぎたみ行けば思ほゆる妹と相見の埼近づきぬ
携へて相見の埼の村松の待つらむ母に家苞もがも
沖つ邊にい行きかへらふ蜑舟はわかさぎ捕らし秋たけぬれば
白波のひまなく寄する行方《なめがた》の三埼に立てる離れ松あはれ
いさり舟白帆つらなめ榜ぐなべに味村騷ぎ沖に立つ見ゆ
かすみが浦岸の秋田に田刈る子や沖榜ぐ蜑が妹にしあるらし
さゝら荻あしの穗わたる秋風に蜑が家居に網干せり見ゆ
草枕旅にしあれば舟うけてことのなぐさに榜ぎめぐり見つ
[#ここから6字下げ]
明治三十五年十一月十八日、筑波山に登りてよめる歌二首
[#ここで字下げ終わり]
狹衣の小筑波嶺ろのたをりには萱ぞ生ひたる苫のふき萱
筑波嶺をいや珍らしみ刈れゝどもまた生の萱のまたも來て見む
[#ここから6字下げ]
筑波山を望みてをり/\によみける歌五首
[#ここで字下げ終わり]
おくて田の稻刈
前へ
次へ
全19ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング