とふ宵の春雨はあすさへ降れどよしといふ雨

春雨に梅が散りしく朝庭に別れむものかこの夜過ぎなば

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宵すぐるほどに雨やみてまどかなる月いづあすはよき日と思はれければ
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しば/\も裝ひ衣ぬぎかへむあすの夜寒くありこすなゆめ

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なほ思ひつゞけゝる
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柞葉の母が目かれてあすさらばゆかむ少女をまもれ佐保神

夜をこめてあけの衣は裁ちぬひし少女が去なば淋しけむかも

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四月十七日、雨ふる、うらの藪のなかへ入りてみるに※[#「木+綏のつくり」、第3水準1−85−68]の木の芽いやながにもえ出でたり、亡師のもとへとし/″\におくりけるものを、いまはそれもすべなくなりぬ
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朝さらずつぐみなくなる我が藪の※[#「木+綏のつくり」、第3水準1−85−68]の木みればもえにけるかも

春雨の日まねくふればたらの木のもえてほうけぬ入りも見ぬとに

たらの木のもゆらくしるく我が藪の辛夷の花は散りすぎにけり

しもと刈るわが竹藪のたらの木は伐らずぞおきしもえば折るべく

春雨に濡れつゝたらは折らめどもをりきと告げむ人のあらなく

藁つゝみたらの木の芽はおくらまく心はいまは空しきろかも

めでぬべき人もあらぬに徒にもえぞ立ちぬるそのたらの木を

をらゆればすなはちもゆるたらの芽のまたも逢ふべき人にあらなくに

春雨のしき降る藪のたらの木のいたくぞ念ふそのなき人を

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『馬醉木』に題する歌并短歌
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うちなびく春の野もせに、とりよろふしどみの木と、馬醉木とをありとあらずと、非ずとは人はいへども、ありと思ふしどみが花は、いつしばの落葉がしたに、ふし芝のかれふがなかに、馬の蹄ふりはふりとも、利鎌もて刈りは刈りとも、しかすがにしゞににほひて、うらもなく吾めづる木の、まぐはしみ吾みる木ぞ、しどみの木あはれ、

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短歌
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春の野にさかりににほふしどみの木あしびと否と我はおやじと

春の野にい行かむ人しいつくしきしどみの花は翳してを見らめ

雉子なく春野のしどみ刺しどみおほにな觸りそその刺しどみ

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わが知れる三浦氏は眞宗の僧なるが、五月の初に男子をうみければ喜びによみて送りし歌一首
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栗山や佛の寺の、小垣外に麥をまき、土かふや麥の穗の、いちじろくほにいでまくの、はしきかもその子、

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蕨眞が女の子を生みけるとおぼしくて左千夫が歌をよみけるを見てよみける歌一首
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いもの子が蠶室《こむろ》をたて、壁に塗る埴谷の山の、松がさ小がさ、はしきやし小松がうれに、なり/\てつらになるちふ、まつ笠小笠、

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冬十二月水戸に赴く、途に佛頂山を望みて作歌并反歌
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石工槌とりもちて、刻みける佛の山は、楯なはる山の穗の上に、いなだきの秀でたる山ぞ、その山の山もとにして、諸木々の木末しぬぎて、そゝり立つうちの矛杉、太枝の五百枝ひろごり、あたりには茅も生ひせず、しげりける樹にはありしを、まがつみのおすひしものか、なる神の轟くはしに、久方の天の火下り、たゞ裂きに太幹裂きて、その幹のうつろも燒けば、いつしかも枯れてはありけれ、天が下にいくらもあらじを、杣人の斧うちふりて、太綱かけ伐りきといへば、見まく欲り思ひて行くとも、再びもそこに見らめや、そこもへば佛の山を、枯山にいま我見つる、こゝだ淋しも、(明治三十四年作)

     反歌

とこしへに山は立てども生けるもの杉にしあれば枯れにけるかも

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再び佛頂山を望みて作歌一首
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石刻む佛の山は青菅のしげき茂峯《しげを》に雲たちわたる(明治三十五年六月作)

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靈藥之歌并短歌
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八十綱をもそろに懸けし、神代にかい引き寄せけむ、伊豆の海の沖邊はろかに、七つまでなみ居る嶋の、中つ邊に宜しみ立てる、にひ嶋に住みてある人の、痛付ける妹をあともひ、船泊つる下田の浦に、しく/\に打ち寄る浪の、おとに聞く藥師たづねて、京都邊に上りにしかど、すべなみと告らえにければ、いくばくも生けらぬ命、同じくは家に死なむと、うつせ貝空しき行きを、しづく玉おもひ沈みて、なげきのみありし間に、いさり火の仄にだにも、人言に聞きにけるかも、まがなしき妹がためには、しましくもためらひ居れやと、釣船に白帆は揚げて、たゞ渉り波路ちわきて、うむ麻の總の國邊の、樹隱りの我家に來り、藥えて歸りにしかば、しなへのみありける妹が、七日ま
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