るころゆ夕されば筑波の山のむらさきに見ゆ

夕さればむらさき匂ふ筑波嶺のしづくの田居に雁鳴き渡る

蜀黍の穗ぬれに見ゆる筑波嶺ゆ棚引き渡る秋の白雲

稻の穗のしづくの田居の夜空には筑波嶺越えて天の川ながる

筑波嶺に降りおける雪は陽炎の夕さりくればむらさきに見ゆ

    まつがさ集(二)

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梧桐の梢おもしろく見えたれば
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青桐のむらなる莢のさや/\に照れるこよひの月の涼しさ

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また庭のうちに榧の樹あり、過ぎしころは夜ごとに梟の鳴きつときけば
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ふくろふの宵々なきし榧の樹のうつろもさやに照る月夜かも

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おなじく庭のうちなる樟の木の葉のきら/\とかゞやきたるを主の女の刀自のいとうつくしきものと稱ふれば我が刀自にかはりてよみける
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秋の夜の月夜の照れば樟の木のしげき諸葉に黄金かゞやく

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一日小雨、庭上に梅の落葉せるを見てよめる歌四首
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秋風のはつかに吹けばいちはやく梅の落葉はあさにけに散る

あさにけに落葉しせれば我が庭のすゞろに淋し梅の木の秋

あさゝらず立ち掃く庭に散りしける梅の落葉に秋の雨ふる

我が庭の梅の落葉に降る雨の寒き夕にこほろぎのなく

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渡邊盛衞君は予が同窓の友なり、出でゝ商船學校に學び汽船兵庫丸の三等運轉士たり、本年六月十四日遠洋航海の途次同乘の船員數名と共に小笠原群島母島の測量に從事し颶風に遭ひて遂に悲慘の死を致す、八月三十日舊友知人相會して追悼の式を擧げ聊か其幽魂を弔ふ、予も亦席に列る、乃ち爲めに短歌八首を詠ず、録六首
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丈夫は船乘せむと海界の母が島邊にゆきて還らず

小夜泣きに泣く兒はごくむ垂乳根の母が島邊は悲しきろかも

ちゝの實の父島見むと母島の荒き浪間にかづきけらしも

はごくもる母も居なくに母島の甚振《いたぶる》浪に臥せるやなぞ

鱶の寄る母が島邊に往きしかば歸りこむ日の限り知らなく

秋されば佛をまつるみそ萩の花もさかずや荒海の島

    まつがさ集(三)

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七月二十五日、大阪桃山にあそぶ
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ひた丘に桃の木しげる桃山はたかつの宮のそのあとどころ

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二十六日、四天王寺の塔に上る
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刻楷《きざはし》を足讀み片讀みのぼり行く足うらのしもゆ風吹ききたる

押照る難波の海ゆふきおくる風の涼しきこの塔の上

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二十七日、泉布觀後庭
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あふちの枝も動かず暑き日の庭にこぼるゝ白萩の花

油蝉しきなく庭のあをしばに散りこぼれたる白萩の花

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二十八日、安倍野を過ぐ
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うねなみに藍刈り干せる津の國の安倍野を行けば暑しこの日は

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和泉國に陵を拜がむと舳の松といふところを行くに、芒のさわ/\と靡きたるを見てよめる
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大ふねの舳の松の野の穗芒は陵のへに靡びきあへるかも

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百舌鳥の耳原の中の陵といふを拜みて
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和泉は百舌鳥の耳原耳原の陵のうへにしげる杉の木

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すこし隔たりたるみなみの陵といふを拜みまつるに、松の木のおひしげりたれば
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うなねつき額づきみればひた丘の木の下萱のさやけくもあるか

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おなじく北の陵へまかる途にて
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向井野の稗は穗に出づ草枕旅の日ごろのいや暑けきに

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北の陵にて
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物部の建つる楯井の陵にまつると作れその菽も稗も

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舳の松より海原をうちわたす雲の立ちければ
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雨ないたくもちてなよせそ茅淳《ちぬ》の海や淡路の島に立てる白雲

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住吉の松林を磯の方にうちいでゝよめる
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住吉の磯こす波の夕※[#「さんずい+和」、第4水準2−78−64]の鷺とびわたれ村松がうれゆ

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三十日、西京なる東山のあたりを行くとて清閑寺の陵にいたるみちすがらよみける
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さびしらに蝉鳴く山の小坂には松葉ぞ散れるその青松葉

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三十一日、比叡山のいたゞきにのぼりて湖のあなたに田上山を望むに、折柄山のうへなる空に雲のむら/\とうかび居たれば
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比叡の嶺ゆ振放みれば近
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