、その間心をいたましめしこといくそばくぞや、丑のとし十月のはじめかさねて召し出さるゝことゝなりければうれへあらたに來る思ありてたへがたくおぼゆるまゝによめりける(三十四年十月作)
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ちゝのみの父は行かすもこと分の司のにはへ父は行かすも
わが父にことなあらせそ吾ために一人の母が泣かざらめやは
ちゝのみの父を咎めむ掟あらば失せもしなゝむ人知らぬとに
かくのみにつれなきものか世の中にねぢけし人は父はあらなくに
ちゝのみの父を念へばいゆしゝのいためる心なぐさもらなく
世の中はわりなきものかまがつみに逢ひてすべなき父をし念へば
日月はもこゝだもふれどいや日けにうれへはまして忘らえぬかも
吾心なぐさまなくに父もへばまうら悲しき秋の風ふく
はゝそはの母の命がうらさびてうれたむ見れば心は泣かゆ
いつたりの子等が念ひは久方の天にとほりて人も知りこそ
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去年の秋のころ日ごとにうた一つ二つづゝよみてはかき付けて見むと思ひおこしけることありしがいく程もなくて止みたり、いま反古ども披きみるに自らには思ひ出のうれしきまゝ抜きいでぬ、よしなきことのすさびなりかし
十月二十四日、あさの程よりくもる、舊暦九月の十三日なり
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とのぐもり天の日も見ず吾待ちしこよひの月夜照らずかもあらむ
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二十五日、夕ぐれに鴫網を張る
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押し照れる月夜さやけみ鳥網張る秋田の面に霧立ちわたる
秋の田の穗の上霧合へりしかすがに月夜さやけみ鴫鳴きわたる
夕されば鴫伏す田居に鳥網張り吾待つ月夜風吹くなゆめ
秋の田に鳥網張り待ちこのよひの清き月夜に鴫とりかへる
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二十六日、鉈とりて竹を伐る
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むらどりの塒竹むら下照りてにほふ柿の木散りにけるかも
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二十七日、きぬ川のほとりを行く
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うぐひすのあかとき告げて來鳴きけむ川門の柳いまぞ散りしく
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二十八日
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秋の田に少女子据ゑて刈るなべに櫨とぬるでと色付きにけり
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二十九日、なにがしの寺の庭にある白膠木《ぬるで》の老木の實をむすびたるを見て
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くれなゐに染みしぬるでの鹽の實の鹽ふけり見ゆ霜のふれゝば[#ここから割り注](ぬるでの實は味辛し故に方言鹽の實といふ)[#ここで割り注終わり]
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三十日、雨ふる
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秋雨に濡らさく惜しみ柿の木に來居て鳴くかも小笠かし鳥
うみ苧集(六)
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八月四日、雨、下づまにやどる
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草枕旅に行かむと思へるに雨はもいつか止まむ吾ため
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五日、あさの程くもり、五十日に及びて雨はれず
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苧だまきを栗のたれはな刺《いが》むすび日はへぬれども止まぬ雨かも
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午后にいたりて日を見る
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おぼゝしく降りける雨は青※[#「くさかんむり/相」、第4水準2−86−43]《うまくさ》の立秀《たちほ》の上にはれにけるかも
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八日、立秋
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久方の雨やまなくに秋立つとみそ萩の花さきにけるかも
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十二日、雨、この日下づまに在り、友なるもの、いたづける枕もとにさま/″\の話してあるほどに房州の那古にありける弟おもひもかけず來り合せたるにくさ/″\のことをききて
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烏賊釣に夜船漕ぐちふ安房の海はいまだ見ねども目にしみえくも
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十四日、きぬ川のほとりを行く
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※[#「木+綏のつくり」、第3水準1−85−68]の木は芽立つやがてに折らゆれどしげりはしげし花もふさ/\
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廿五日、ものへ行く、棚にたれたる糸瓜のふとしきをみて
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秋風は吹きもわたれかゆら/\に糸瓜の袋たれそめにけり
青袋へちまたれたりしかすがにそのあを袋つぎ目しらずも
夏引の手引の糸をくりたゝね袋にこめてたれし糸瓜か
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廿八日、芒の穗みえそむ
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秋風はいまか吹くらし小林に刈らでの芒穗にいでそめつ
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廿九日、筑波のふもとへ行く、落栗のいや珍らしきをよろこびてよめる
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楯名づく青垣よろふ、筑波嶺の裾曲の田居は、甘稻の十握にみのる、八十村の中の吉村は、投左の
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