とほくしあれば、足毛には玉ちるまでに、汗あえて吾きてみれば、思はぬにみあへつしろと、めづらしき栗にもあるかも、小林の木ぬれになるは、青刺のまだしきものと、とりとみぬ秋のまだきに、こゝにたふべぬ

あし曳の山裾村に秋きぬと栗子柿子はかね付けにけり

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三十日、夕、きぬ川のほとりをかへるに幼子どものむれあそべるをみてよめる
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青鉾の葱を折り、袋なす水を滿て、うらべには穴をあけ、その穴ゆさばしる水を、おもしろといそばひすもよ、白栲のきぬの川べに、夕さりにつどへる子らが、いそばひすもよ

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三十一日、成田へ行かむと夜印旛沼のほとりを過ぐ
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ぬば玉の夜にしあれば伊丹庭の湖さやに見えねどはろ/″\に見ゆ

竪長の横狹の湖ゆ見出せばおほに棚引き天の川見ゆ

いにはの湖水田稻村めぐれどもまさしに見えず夜のくらければ

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九月一日、滑川より雙生《ふたご》丘をのぞむ
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大船の※[#「楫+戈」、第3水準1−86−21]取の稻田はろ/″\に見放くる丘の雙生しよしも

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雙生丘にのぼる、利根川の水その下をひたして行く形の瓢に似たるも面白ければ
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くすの木の木垂るしげ丘《を》は秋風に吹かれの瓢ころぶすが如し

秋風はいたくな吹きそ白波のい立ちくやさば瓢なからかむ

秋風の吹けどもこけずひた土のそこひの杭につなぐひさごか

なりひさご竪さに切りて伏せたれどその片ひさごありか知らなく

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二日、利根川のほとりに人をたづぬ、打ちわたす稻田おほかたは枯れはてたり、いかなればかと問へば雨ふりつゞきて水滿ちたゝへたれども落すすべを知らず、日久しくしてかくの如しといふ
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甘稻のみのりはならず枯れたるに水滿てるかも引くとはなしに

久方の天くだしぬる雨ゆゑに稻田もわかずひたりけるかも

まがなしく枯れし稻田をいつとかも刈りて收めむみのらぬものを

日のごとも水は引けども秋風のよろぼひ稻に吹くが淋しさ

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三日、印旛沼のほとりを過ぐ
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しすゐのや柏木村を行きみればもく採る舟かつらに泛けるは[#ここから割り注](モクは方言なり藻をいふ)[#ここで割り注終わり]
味村のつらゝの小舟葦邊にか漕ぎかくりけむ見れども見えず

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四日、蕨氏に導れて杉山を攀のぼるとて
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睦岡の埴谷の山はいばらつら足深《あふか》にわけて越ゆる杉山

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とよみけるがいたくあやまりたり、このわたりの杉山ことごとくしたぐさ刈りそけて見るに涼しげなり
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睦岡の五百杉山はしたぐさの利鎌にふりて見るにさやけし

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五日、けふも杉山見に行く
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赤阪は鎌わたらず、小芒のおどろもゆらに、蛇ぞさわたる、蛇わたる山の赤阪、行きがてぬかも

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六日、八街原をかへりくるに波の音きこえければ
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から籾をすり臼にひき、とゞろにきこゆるものは、とほ/″\し矢刺の浦の、波にしあるべし

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千葉の野を過ぐ
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千葉の野を越えてしくれば蜀黍の高穗の上に海あらはれぬ

もろこしの穗の上に見ゆる千葉の海こぎ出し船はあさりすらしも

百枝垂る千葉の海に網おろし鰺かも捕らし船さはにうく

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九月十九日、正岡先生の訃いたる、この日栗ひらひなどしてありければ
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年のはに栗はひりひてさゝげむと思ひし心すべもすべなさ

さゝぐべき栗のこゝだも掻きあつめ吾はせしかど人ぞいまさぬ

なにせむに今はひりはむ秋風に枝のみか栗ひたに落つれど

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二十日、根岸庵にいたる
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うつそみにありける時にとりきけむ菅の小蓑は久しくありけり

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二十三日、おくつきに詣でゝ
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かくの如樒の枝は手向くべくなりにし君は悲しきろかも

笥にもりてたむくる水はなき人のうまらにきこす水にかもあらむ

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廿五日、初七日にあたりふたゝびおくつきにまうでぬ、寺のうら手より蜀黍のしげきがなかをかへるとて
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吾心はたも悲しもともずりの黍の秋風やむ時なしに

秋風のいゆりなびかす蜀黍の止まず悲しも思ひしもへば

もろこしの穗ぬれ吹き越す秋風の淋しき野邊にまたかへり見む

秋風のわたる黍野を衣手のかへ
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