豆腐汁、麥飯
先生の遺稿閲覽期日今日にて盡く、更に見返して送る、
火鉢の側にてホトトギス六七册披き見る、九月十四日の朝の記くり返し/\見る、
母、妹、下女スミツカリを拵へる、これは大根下しと熬り豆と、酒糟と、酢醤油とで煮たものである、初午にはこれと赤飯とがつき物である、
藁苞十ばかりを作つてスミツカリを入れてうらの稻荷や氏神へ供へる、表の廂へも二つ投げ上げる、
晝飯、小豆飯、スミツカリ、卵のふわ/\、
土間では餅つき、明日のお天念佛に念佛衆へやるのださうだ、
おせいとおふくが妹へ白足袋二足つゝ[#「つゝ」に「ママ」の注記]持つてきた、
久々で友人を訪ねた、
椚林のなかを過ぎて隣村の隣村である、在宅、鉢植の梅が疊の上に散らばつて青い枝が下を向いて居る、この友人といふのは理科大學の生徒であつたが助膜炎を患へてから退いて静養しつゝあるのである、
近ごろ獲たのだといつて鷄の膓から出た絛蟲と、絛蟲の棲息して居た膓の内壁と、ホウボウの頤に居た寄生蟲との三つを罎に漬けたのを見せられた、いづれも自分には珍らしいがホウボウの寄生蟲の大なること一寸許なるに至つては驚かさる[#「さる」はママ]を得ない、どこに居ても研究の材料はあるのだがなか/\思ふやうに研究ができないと言はれた、
草餅を馳走珍らし、
夕方になつて歸る、
夜麥蕎、
うら庭の木瓜蕾ふくらみて赤く、桔梗は紫に、わすれ草は青く萠ゆ、霜掩の下に牡丹の芽のぶること一寸五分、
八日、日曜、曇、折々日光を見る、寒し、
昨夜よく眠らず明方うと/\として醒む、朝のうちに皆葉へ用足しに行く、不在、
郵便秀眞より封書、狂体十首を評したのである、夜一時十五分擱筆とある、徹夜することがたび/\であるさうだ、蕨より一つは先生の遺稿二號、一つは嚴君床上げの祝をしたといふはがき、
午後勝手元賑か、お天念佛の衆へ五目めしをおくるためである、
うしろの坪に念佛の大鼓が聞える、この日爺婆若返つて騷ぐためしである、
日のあるうち風呂に入る、きのふ初午にて風呂を立てないのが例なのでけふは早くたてたのだ、
足の甲を爪でゴリ/\掻く、牛の舌のやうにサヽクレ立つ、
夜月明かにしてまた雲掩ふ、皆葉へ行く用足る、
明日他出の用意、脚絆、足袋、
朝牛乳、晝小豆飯とヤマべ一串、夕五目めし、
この日はじめて鶯を聞く下手なり、
九日、月曜、陰鬱、寒さ冬の如し、
水戸まで行くのではやく出なければ遲くなるだらうと母に起されて起きる、
飯をくつて居るとお天念佛の鐘鳴る、『粟餅もつてこ、粟餅もつてこ』といつて叩くのだと母がいつた、きのふは米の餅、けふは粟の菱餅を供へるのである、
燒卵、牛乳、餅二つ、
草鞋脚絆にて出立つ、途中から人力車に乘る、鼻の反つた片目の相の惡い車夫であつたが下館の入口で默つて下してしまつた、
午後○時二十分下館發車、
岩瀬驛にて下車、野村大島の二氏と婚姻の打合せをなす、二人とも媒酌人である、二時間ばかり話して三時半水戸へ、
汽車で見たもの二つ三つ、
洋服出立の男燧石にて卷煙草に火を付ける珍、窓から煎餅を買ふ爺ゆる/\と財布の紐を解く、人のことでももどかし、向き合ひに腰かけたる夫人樒柑[#「樒柑」に「ママ」の注記]の皮へ吸殼を吹く妙、
水戸に入る、梅いまさかり、
弘文社にて父に遇ふ、家を出た儘もう十日ばかりになるからけさは是非共歸らうと思つたのだが待つ人があつて果さなかつたのだといはれた、婚姻も十四日と極つて居るのだから、内も忙しいなどゝいふことを話す、弘文社に泊る、
夕飯、麥飯、豚汁、酸味つかり、
夜、橦木町に從兄を訪ふ、不在、公園に行く、春雨ちら/\としてやみまたちら/\としてやむ、梅はうすらにぼんやりと白く見えた、自分の外に人はなかつた。
十日、火曜、快晴、寒からず、
四時に目醒む、雨ざあ/\と降る、蛙鳴く、
六時起床、けさだけ冷水浴やすみ、
火鉢を擁して雜談、蛙のいま鳴くのは土中に在りて鳴くのだといふこと、鋸で鯰を捕るといふこと等、
八時二十分發車、
仙波兵庫といふ男が同室に乘込んで居た、父舊知だ相だ、代議士になつたのでみんなが不思議にして居たのである、尤も二十三年このかた選擧のたび毎に候補に立たないことがなかつたさうだ、つまり根氣で成功したのだ、しかし人物が屑なので困る、
雨がやんだ、空がはれかゝつた、笠間驛へつく、
父はこゝに下車、叔父の家へ行くのである、自分は乘りつゞける、
岩瀬で仙波は下りた、紫の褪めきつた風呂敷包と、破れた鞄とを持つて居た、
夕方にやうやく家へついた、表の廣間に妹の仕立物がならべてある、かね/″\見たいと村の者がいつて居たので女房達を呼んで見せたのだ相だ、もう大勢かへつた趾[#「趾」に「ママ」の注
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