記]で三四人しか居なかつた、茶の間には茶碗や盃が狼藉として居る、一升も熬つた豆が忽ちに平げられたといふ話である、
子供達が學校から歸つて見に來た、彦といふ七八つの兒が感に堪へたさまで二拾錢銀貨二つかけた位は出たらうといつたので大笑ひをした、
庭の梅散りしきて白し、
十一日、曇、泣き出しさうなり、
郵便左千夫より、日本週報課題春雨の歌に就いて詳細の論である、
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……今出たのを見ると君のは意外に少ない……君のは四首や五首ではあるまい、外の歌はどんな歌か見せ給へ、例令人々考が異りたりとて半數以上を削るは削る方が無理か詠者が無理かお互に少し注意せねばならぬと思ふ、實際歌がよくないとすれば半數も削られるやうな歌を送るは選者を困らせること少なからず、同人間ではこの邊少し考へねばならぬ……
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これがその冒頭だが、自分の作つたのは二十首で入選の歌は四首、半數どころか五分の一のみ、これは作者の惡いのであつた、返事を書かと[#「書かと」はママ]したが筆が澁つたのでよす、かういふことはたび/\である、頭のわるいこと醉へるが如くである、
午後、至急の郵便を出すため宗道へ行く、斬髮、夜に入りてかへる、
甘酒を作るために焚いた飯へ餡をのせてくふ、卵のふわ/\、葱と鰌の汁、
樒柑[#「樒柑」に「ママ」の注記]の霜よけ、牡丹の霜よけ取拂ふ、
梅やゝだらける、
自分の座敷へ箪笥や長持を運び込まれたので急に狹くなつた、
十二日、木曜、朝雨、忽ちにして霽、
午後、妹の鏡臺に手入れする所があつたので杉山の建具屋へ行く、貧乏な淋しい店先で自分はかゞんだまゝ見て居ると建具屋が突然立つて勝手の戸をあけるや否やひどい叫び聲をした、火が一面に燃え揚つて居た。女房が釜くどの前へ籠をころがしたまゝで水汲みに行つたうちに火が燃えしや[#「しや」に「ママ」の注記]つて、籠の松葉へついたのだ相だ忽ちのうちに消しとめた、建具屋は頻りに怒鳴つて怒つてゐる、女房は困つた顏でぼんやり立つて居る、隣のものもかけてきて立つて居る、火事騷ぎとしては尤も小さな騷ぎだが騷ぎは騷ぎであつた、半燒の物件は左の如くである、
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一、竹籠、一、松葉一籠、一、古手拭一本、
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夕方左千夫へ返事の稿をつぐ澁る、やめ、
この日の來客中岫のねえさん、儀理を述べかた/″\妹の附添を連れて來た、羽生の叔母女の子を連れてきた、下妻に居る祖母も來た、仕立物を出して見せる、をととひ來た連中がうがひ茶碗を丼と見、黄八丈の夜具を黄縞の木綿と見て行つたものがあつたなどといふ話をして笑ふ、妹はみんなに仕立物を引つ張りまはされるので汚されては大變だと思つて手を握つたといつて居る、
隣村から女房ども二人で來た、見て居たら書院へ行つて床の間へ腰を掛けた、
朝、蕎麥、晝、鮒の洗ひ、夕、鯉こく、[#地から1字上げ](明治三十六年)
底本:「長塚節全集 第二巻」春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日発行
入力:林 幸雄
校正:伊藤時也
2004年1月27日作成
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