第3水準1−87−88]瑰の花に氣がついてそれを手にとると共に何處で採つた花かと聞くので余は途中の西三河の海岸でとつたのだといふと「美しいものでございますノ、花といふものは、花を見て居るとなんにも要《い》らんやうな氣が致しますノといひながら指の先で花瓣を掻き分けながら鼻へあてたりして「かういふ花が海邊にひとりで咲くのでございましようかといつて驚いて居る。女は指の先までも色が白い。「葉も賤しい葉ではございませんノといつて感に堪へたさまである。花を抱へるやうな形に出た葉はぎつしりと幾重にも重つて居て其青さはともし灯の光に更に鮮かである。余は此女が葉の美しさを褒めやうとは寧ろ意外であつた。余は小豆飯へ箸をつける。箸は杉の太い丸箸で本もうらもない。堆い小豆飯には殆んど困却した。小豆飯の塊が思はずぽろりと膝へ落ちた。見られはしないかと思つてみると美人は※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰の花を手にした儘落した小豆飯には氣がつかぬ樣子である。

      二 美人

 翌朝女が茶を持つて來た處を見ると折目のついた紺飛白の單衣に帶をきりつと締めて裾に白地が覗き出しては居なかつた。二言三言い
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