ひ交した後女は余を導いて三階にのぼつた。三階は雨戸が立てきつた儘で闇い。障子だけがほのかに白い。雨戸の隙間から細くさしこむ日光は障子へ赤く映つて居る。女は南の戸袋の所でサルを外して戸を一枚あける。雨の濕りで戸は意外に堅くなつて居る。兩手へ力を入れて漸くのことで二尺ばかりあけた時に女の手の平は赤くなつた。外を見ると明るい空は青く澄んで一片の雲翳もない。佐渡は漸く晴れたのである。三階の下からは瓦屋根がつゞいて其先は小さな入江である。碇泊して居る船の檣が汀に近く五六本立つて居る。昨日の浦といふのが此の入江のことである。入江の右は畑らしい岡が岬のやうに出て其先に樹立の繁茂した小さな島がある。女は岡を指して「アレは畑でございますがノ、アノずつと出ました先の蔭の所は磯でございましてアノ島は矢島經島と申しましても一つは此所からでは隱れて見えませんが其島と丁度向合になつて居ります所に冷たい水が湧いて出ますので夏になりますと小木のものがあの磯へ素麺冷しにまゐりますというた。必ず素麺を持つて遊びに行くといふのは感じがいゝ。余は此の女に白地の浴衣を着せて白い手拭をかぶせて素麺をさらさして見たいものだと思つた
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