疎らに立つた芒の穗が戸樋に屆かうとして傾いて居る。白い雨が蔦の葉をぬらして芒の穗に打ちつける。余は秋寂びた雨の中に立つて此の戸樋を流れるものは何であるかと思つた。戸樋は泥土の如く粉碎された鑛石が水と共に送られて居るのであつた。即ち金銀の水であるといふことが出來るのである。自分の頭の上を金銀の水が絶えず流れて居るのかと思ふと金山が急に美化されてしまつたやうに感ぜられた。佐渡は此の如くにして到る所余がために裝飾されて居るかとも思はれる。外見は凡そ佐渡ほど寂びた所は少なからう。然しながら仔細に味はうて見ると余はまだ佐渡ほど美しい分子を有して居る所に逢うたことがない。佐渡は博勞だけでも十分であるが只博勞だけでは鼠地の切れのやうな感じを免れぬ。佐渡が島では小木の港で美人に逢うた。美人は鼠地へ金糸銀糸で刺繍つた牡丹の花である。さうして博勞の娘はつやゝかな著莪の葉へ干した染糸で刺繍つた莟でなければならぬ。美人は夜ちらりと見て朝は別れてしまつたので何といふ名かそれも知らぬ。宿屋の娘であつたか女中であつたかそれもしかとの判斷は出來ぬ。余は何故匆卒に其宿を立つてしまつたのであつたかとそれも分らぬ。毎日々々
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