を開けて見せる。さつきのは通り雨であつたのだ。客がみんな爐の側に聚つた。越後の博勞だといふ胡麻鹽頭の男も此の宿に泊つたと見えて爐の側へ來て居る。客の膳が悉く爐のほとりへ運ばれる。宿の亭主も一所に飯をくふ。亭主といふのは五十格恰の恐ろしい噺好きの男で一箸目には喋舌つて居る。相手が皆去つてしまつたら余を攫へて喋舌る。佐渡といふ所は氣候がいゝ上に桑が自然に生えて居るのだけれど惜しいことに養蠶に熱心するものがない。まあ氣候がいゝから何も知らずに飼つても二年や三年は當るが其うちに癖がはひるともう呆れてしまふといふので情ないことだ。本當に此所へ來て養蠶をしやうと思ふものがあれば五枚や十枚の種紙ならば人が手傳つても桑位は摘んでやる。兎に角人氣がいゝのだから人の桑だつて少しばかり摘んだのでは泥棒だなどゝ騷ぐものはないとこんなことを喋舌る。客の膳が引かれて給仕の女房がお鉢を隅へ押しつけて去つたのも知らずに喋舌る。亭主は一人でお鉢を引きつけて盛つては喰ひ盛つてはくひ五杯六杯とくふのである。余は博勞の平内さんと宿の裏へ出る。うらはすぐに汀で船が一艘繋いである。牛がぞろ/\と曳かれて來る。孰れも人の腹あたりま
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