でしかない小さな牛である。孤島の産物は孤島相應の躰格しか持つことが出來ないものと見えて此間中から見る牛は殆んど狗ころでもあるかと思ふ程小さなものばかりである。亭主は此所でも喋舌りはじめた。佐渡の牛は藁沓を穿かなくても自由に山坂を歩く。それが便利だといふので仰山飛彈の國へ賣れる。飛彈の國へ牛を曳いて行つたものは谷を籠で渡されることがあるが渡しの途中で綱がだん/\たるむとみんな眞蒼になつて籠が向へついた時にはもう死人のやうになつてしまふ。此所の人はどこへ出るにも船だから海はちつとも驚かないが飛騨の籠渡しでは慄へてしまふ相だと亭主がいつた。岸から船へ板を渡して水夫が三人ばかりで牛を船へ引つ張り込む。牛は板を渡つても船へはどうしてもはひるまいとする。さうすると一人の水夫が後から牛の臀をぐつと持ち揚げて押し込む。一杯に糞のついた臀でも構はずに持ちあげる。牛が悉く積まれた時余は平内さんに別を告げて船へ乘つた。平内さんは此時は鉢卷はして居なかつた。水夫の一人は余の草鞋を汀の水でざぶ/\と濯いで舷へ括りつけてくれた。十一反の白帆が檣に引き揚げられると船はゆらり/\と岸を離れる。舳からとり舵と船頭が大聲
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