ことを符貼交りに云うて平内さんが相手の袂へ手を入れて二人で握り合うたと思つたら平内さんは其癖の大聲を出してそりやあんまり安く買つたなあといひながら口を鉗んで向鉢卷した頭を横に曲げた。又鼓が鳴つて船辨慶がはじまつた。板の間に居る辨慶と幔幕がまくれて出た靜とが悠長に應答をする。辨慶は八字に髭のある大柄な男で時々瞼をぱち/\と叩く。靜が板の間の中央に蹲ると後ろの幔幕の際に居た男が金烏帽子をかぶせた。其男がどうも見たことのある顏だと思つたら此れは小木の宿屋の主人であつた。袴をつけて端然たる姿が餘り變つたので一寸見には分らなかつたのである。余は此の博勞に話すとアヽ鉢の木の仕手を舞うたのがさうだ。どうも能う舞ふといつた。烏帽子をつけた靜が白い足袋の先をそつと出し/\舞ひめぐる。四隅に吊つたランプの光が烏帽子に輝き衣裝に輝いて美しい。「アレは小木の石屋でワキなら何でも務めるのだと博勞が語る。靜が去つて知盛の幽靈が薙刀を振り廻して出た。薙刀は時々ランプを叩き相になる。其度毎に薙刀の刃がぴか/\と光る。能く見ると銀紙が貼つてあるので處々皺がよつて居る。長い髮をかぶつて伏目に荒れ廻る知盛の顎は赤い布で包ん
前へ 次へ
全33ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング