に噺をしかけたのである。これがさうですと相手はすぐ眼の前を指す。白衣の子役は閾一つを隔てゝ見物と並んで坐つて居るのであつた。相手は更に「アレは小木の桶屋だ相ですねと狂女をさしていつた。余は此を聞いてさつき博勞をたづねる時分に大桶へ箍[#「箍」は底本では※[#「竹/匝」、370−7]を打込んで居た桶屋のことを思ひ出してあゝいふ職人仲間にこんなものがあるのかとゆかしい心持を禁じえなかつた。軈て狂女が二三歩すさつて中綮持つた右の手と右の足とを突き出して腰をぐつと後へ引いて假面が屹と青竹の櫓を見あげた時に「アヽいゝと際どい聲が又余の耳もとで響いた。見ると博勞が向鉢卷をした首を曲げて反齒の口を開いて見惚れて居るのであつた。三井寺が濟むと本堂一杯であつた見物が一齊にわあ/\と騷がしくなつた。更に番組は鉢の木が濟むと板の間の四隅には荒繩を引つ張つてランプが吊された。見物が漸く動いて余等の前は疎らになつた。余は閾際まで進んだ博勞を見ると何時の間にか胡麻鹽頭の男と噺をして居たが余を見ると明日は此人が牛を越後へ積んで歸るといふから乘せていつて貰ふことにしたがよいと其男に余を紹介した。二人は牛がどうとかいふ
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