小川があつて形ばかりの橋が架つて居る。橋を渡ると海中には突兀として岩石が峙つて居る。あたりのさまが此のなだらかな一帶の浦つゞきには極めて稀である。左は丘陵が直ちに海に迫つて急に低くなつて居る。低い所が汀でそこに街道が通ずる。路傍を見ると漸く乳房のあたりまであるかなしの灌木がむら/\と簇がつて居る。其灌木の眞青な葉には赤い花が咲き交つて居る。此が※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰《はまなす》の花で※[#「王+攵」、第3水準1−87−88]瑰の木は枝も葉も花も一切薔薇の木と異ならぬ。只海邊に自然に生長して居るだけ枝も葉もひねびて一段の雅致を帶びて居る。枝には刺があるので余はそつと指の先で花を折つたら花がほろりと草の中に落ちた。腰を屈めて落ちた花をとらうとすると何だか世間が急に靜かになつた樣な氣がした。不審に思うて立つて見ると世間が復た素の如くにざあ/\と騷がしい。此は歩いて居る間は雨が笠に打ちつけるので耳もとが絶えず騷がしかつたのだが腰を屈めると笠が竪になつたので急に靜かさを感じたのであつた。笠が竪になるまで空を仰いで見たら矢張り靜になつた。濱茄子の花は採れるだけ採つて雨の濕ひを
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