かつてしまつて更に幾つかの村を過ぎると對岸の長い臺が鼻の岬もだん/\に後へ縮まつて外洋がぼんやりと表はれ出した。だら/\坂を上つたらすぐ足もとに小さな漁村があつた。汀には家をめぐつて林の如く竹が立てゝある。竹は枝も拂はずに立てゝあるのであるが悉く枯れて居るので葉は一葉もついて居らぬ樣である。此所は既に外洋を控へて居るので潮風を防ぐために此の如きものが一杯に立てられてあるものと見える。佐渡は到る所が物寂びて居るが此の漁村はまた格別である。秋といつてもまだ單衣で凌げるのに此濱は冬が來たかと思ふ程荒凉たるさまである。村へおりると穢い家ばかりで中に一軒夫婦で網糸のやうなものを縒つて居る所があつた。そこで土地の名を聞いたら亭主が皺嗄れた聲で西三河といふ所だといつた。ふと檐端を見ると板看板に五色軍談營業と書いてある。軍談師が内職に糸を縒つて居るので軍談師だから聲が變なのだと思つた。夫でも五色軍談が了解されぬので再び聞いて見ると三味線なしで語るのが只の軍談で三味線のはひるのが五色軍談だといつた。余は更にそれでは此の女房が三味線を彈くのだなと心の中に思つた。
此の漁村についてすぐに徒渉しえらるゝ程の
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