持つて木か竹でも削るやうにして皮をむいた。胡瓜の眞白な肌に錆のあとがほのかに移つた。然し喉が乾いて居たので非常に佳味かつた。簇つた花の上には糊をつけた白糸が三括りばかり竿に掛けて干してある、余は此邊の人は出稼ぎでもするのかと娘にきいて見たら此邊一般の鼻に掛つた言葉でうつむいたまゝ低くいつたのだからよくは分らなかつたが「出はつて居りやヘン」といふやうに聞えた。崕をおりて田甫へ出たら富山の寺がすぐ頭の上にあつた。

     仝 三十日

▲東海美人《しうり》[#ルビの「しう」にママの注記]
 草の露がまだ乾かぬうちから暑くなつた。宮戸島の宿を立つて東名の濱へもどる一錢の渡しまで來ると干潮で水が非常に淺くなつて見える。草鞋も脚絆もとつて危ぶみながら徒渉して見ると水は漸く膝のあたりまでしかなかつた。徒渉して見たのが何となく嬉しかつた。昨日の渡守は今白帆を揚げて沖へ出て行く所である。渡しは舟の必要もなくなつたので漁でもしようといふのであらう。弓なりの砂濱が遙かにつゞいて居る。白泡のさし引く汀を行くと草鞋の底から足袋のうらがしめつて心持がよい。だん/\行くとそこにもこゝにも東海美人が打ちあがつて
前へ 次へ
全17ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング