居る。東海美人といふと何だか洒落れて居るが合せ目に毛が生えた滑稽な貝である。五寸もあるのが目の前に轉がつて居る。余は嘗て蛤位の大きさより外は知らなかつたので餘り珍しく思つたから笠も蓙もほうつて波打際をあさつた。大きいのがあれば曩に拾つた小さいのは棄てゝ濱一杯にあさつた。見返ると笠も※[#「蓙」の左側の「人」に代えて「口」、334−6]も遙かの遠くになつて居た。遠くといへば沖はぼんやり薄霧がなびいて居る。貝は手拭の兩端へしつかり括つて手に提げた。
 砂濱の盡きる所が松林で、松林を出ると野蒜である。野蒜から石の卷街道へ出る積で或小村へ來ると今の東海美人は毒だといはれたので惜しかつたが棄てゝしまつた。婆さんが笊へ玉蜀黍を五六本入れて提げて來た。それは生かと聞いたら茹でたので直ぐにたべられるのだから買つてくれといつた。そんなら買はうといつたら婆さんは路傍の民家の淺い井戸で余の砂だらけの手拭を洗つて其玉蜀黍を括つてくれた。馬の齒のやうな玉蜀黍である。

     仝 三十一日

▲山雉《やまどり》の渡し
 鮎川の港からだら/\と上つて勾配の急な坂をおりる。杉の木の間を出ると茶店がある。茶店の前を
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