美しい紫を染め出す。百姓に聞いて見れば嘗てそんな筑波山は知らぬといふ。知らぬといふのは尤ものことである。日が落ちて殘※[#「日+熏」、第3水準1−85−42]がなほ明かな數十分間は彼等の仕事が尤も捗どる時である。晩餐の仕度をするために女等は今どこの畑からも一人づゝ立つて行く。女等が去つてから百姓の手もとが漸く薄闇きを感じた。頬白が寂し相に桑の枝を飛びめぐる。百姓は自己以外には頓着なしにせつせと芋を俵へつめて居る。兼次はおすがゞ歸つてから車へ俵を積んで引き出した。田甫を越えて坂へ掛つた時には少し積み過ぎた芋俵は彼の力には餘つた。ほつと腰を延して居ると突然後から
「それ/\うんと力《りき》んで見ろ」
といふ聲がして車が急に輕くなつた。坂の上で振り返つて見たら芋俵を馬に積んで來た兼次の親爺が持つて居た手綱を放して後押してくれたのである。
「誰だと思つたら「ツアヽ」か」
と兼次は心の底から嬉し相にいつた。馬は獨りで勢よく右の方へぱか/\と走つて行く。親爺は馬のあとから駈けて行く。兼次は腰をくの字に屈めながら足に力を入れて左へ曳いて行く。村の竹藪から昇つた青い煙は畑の百姓を迎ひにでも出たやう
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