業であつたといふことが知れた。有繋に勘當を受けて居る身であるだけに落つかれぬのだらうと人々は噂をした。此の外には一つも話頭に上ることはない。麥が刈られてさうして椋鳥が群をなして空を渡る頃兼次は歸つて來た。村のうちには毎日麥搗く杵の響が大地をゆすつてどこかに聞える。兼次は其麥搗の一人に成つた。麥は夜中から搗きはじめて朝になれば各八斗の量を搗きあげる。椋鳥はしら/\明に西から疾風の響をなして空を覆うて渡る。さうして夕陽の沒する頃西へかへる。空を遙かに飛ぶ時に麥搗は杵持つ手の右と左を持ち換へながら今日も日和だと叫ぶ。椋鳥が少くなつて稻刈になつた。刈田の跡の水のやうな冷たい秋が暮れて又冬が來た。鶸がよわ/\した羽をひろげて切ない鳴きやうをして林から刈田を飛びめぐる。さうして寒さは又小春にかへつて人々は岡の畑に芋を掘つて居るのである。
短い日は村の林の梢に棚引いた土手のやうな夕雲に眞倒に落ちつゝある。横にさす光は麥の葉をかすつて赭い櫟の林が一しきり輝いた。畑のへりの茶の木の花は白々と光を帶びて居る。筑波山は見る/\濃い紫に染まつて來た。秋の末の晩稻を刈る頃から夕日のさし加減で筑波山は形容し難い
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