を桶へ移して筵を掛ける。親爺は裏戸口の風呂で暖まる。
「篦棒に寒い晩だなどうも」
 と又四つ又は火鉢へ手を翳す。
「雪がちら/\して來たから寒い筈だ」
 と卵屋は湯から出て土間で褌をしめながらいつた。さうして
「茶よりや蕎麥掻でも拵えろな、腹あつためるにや蕎麥掻の方がえゝや」
 といふと
「蕎麥掻はえゝな、そんだが鰹節はなにか土佐節か」と四つ又は啄を容れる。
「へゝたえしたことをいふな、何處で聞いて來た」
「どこつておら土佐節でなくつちや喰つたことあねえんだ」
 百姓の家に松魚節のあらう筈はないのである。四つ又はこんなことでそろ/\戲談から口火を切る。鐵瓶の湯が沸つたのでお袋は二つの茶碗へ箱篩から附木《つけぎ》で蕎麥粉をしやくつて移す。鐵瓶の湯を注いで箸で掻き交ぜる。お袋は小皿へ醤油を垂らして出す。
「こら饂飩粉ぢやあねえかあんまり白えな」
「四つ又もちつと眼がチクになつたな。そりや一番粉で糟がへえらねえだ。甘かんべえ」
「うん、ずうつとかう喉からほか/\して來たな」
 蕎麥掻の茶碗へ湯を注いで四つ又はふう/\吹きながら飮んで愈々噺を持ち出した。
「おれが云ふことはもう聞き飽きたんべ、
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