と譯を説いて、此所ですつぱり手を切つてしまふ決心はないかといふと
「わしやどうしても思ひ切れましねえ」
 と彼は斷乎としていひ放つのである。お内儀さんも成程と困つた。
「それ程ならさうとして私も心配してやらうがお前の親爺もあの通りで兵隊前は駄目だといふのだが、幸ひ檢査も濟んでお前も輜重輸卒と極つたのだからもう先が見えてるんだ。其時に成つてからなら嫁の相談も出來るしそれまでの所の辛抱だがどうしたものだ。長いやうでも一年足らずだ。さうしてどこにも障りのないやうにしたらどうだ」
 兼次も此には少し我を折つた。
「それぢやわしも其積りで辛抱して働きませう」
「さうかさうして呉れゝば仲裁人の顏も立つし、親爺の心も解けるといふものだ。愈それと極まれば双方へ兼次が思ひ切つたと表面噺をして一先づ安心をさせるのだが、それには私が一應お前とおすがを逢はしてやるからそこで内實は決して心變りはしないといふ約束をしておくがいゝ。少し辛抱するうちには兵隊も濟むし其上でなら私らも共々心配をして屹度一緒にしてやるが、おすがゞ其間に辛抱が出來なけりやそれこそ夫婦になつても頼みに成らない女だから其時は未練はない筈だがどう
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