が一般の順序であるが、例の如く四つ又が其役目に頼まれた。其頃は梅雨に入つて百姓の體が二つあつても足らぬといふ時であつた。豚の仲買で百姓は餘りせぬ四つ又はこんな時の仲裁の役目には屈強だ。梅雨に入つてから珍らしく朝からきら/\と晴れて心持のよい日であつた。四つ又はぶらりやつて來た。親爺は丁度田の代《しろ》掻きから上つて來た處だ。四つ脚から腹一杯泥だらけになつた馬は厩の柱に繋がれた儘さすがに鬱陶しいと見えて時々ぶる/\と泥を振ひながら與へられた一抱の青草を鼻の先で押しやり/\噛んで居る。口から青い汁がはみ出して居る。厩の柱には天秤にする杉の棒が撓めてぎつしりと縛りつけてある。親爺は藁で括つた股引が股から下は泥だらけになつて顏にも衣服にもはねた泥が乾いて居る。家のうらで厩の側には葵の花が五六本立ちあがつてさいて居る。此葵は夏になれば屹度こゝに咲くので裏戸が開け放してあれば往來からでもすぐ目につく。卵屋の葵がさいたと人々は見て通る。葵は此の家の四季を通じて第一の飾りである。葵の側には此の稀な晴天を幸にお袋が一寸の暇を偸んで洗つた仕事衣が干竿に掛けてある。卵屋といふのは此の家の綽名で幾代か前に卵の
前へ 次へ
全50ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング