底其白く打つた点の聚りのやうな花を忘れ去ることが出来ない。自分はそれをシラクチの花として独り追憶を恣《ほしいまま》にして居るのである。
 自分は茲《ここ》に数行の蛇足を添ひたいと思ふ。
 明治四十二年の九月の末に此のシラクチを書いて間もなく自分は東北の旅行に出立した。小坂の鉱山へ行つた時はまだ十月のはじめであつたが天候の不順であつたせゐか非常に寒かつた。自分は人夫を一人連れて七里の間道を山越に十和田湖へ行つた。山は雨であつた。人夫は途中で通草《あけび》の実が採れるといつて居た。自分は内心それを楽みにして居た。然し雨が絶えずしと/\と降つて居たので通草を探すことが出来なかつた。山越は只つまらなかつた。それでもイタヤやカツラが際立つて黄色になつた山の梢の上からすぐ足もとに十和田の湖水を見おろした時は嬉しかつた。湖水を抱へた向の低い平な薄紅葉した山に其時丁度カツと日光が射し掛けた。湖水は磨いた銀のやうに見えた。人夫は其低い山を膳棚と呼んで居るといつた。坂をおりて行くうちに自分等はまた密樹の間に没してしまつた。それから大分道程が進んで来たと思ふ頃一人の壮夫が坂をのぼつて来た。韮山笠の周囲を切り
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