去つたやうな小さな編笠をかぶつて手に何か袋を提げて居る。行き違つてから振り返つて見ると後になつて居た人夫が其男と噺をして居る。自分へ追ひついた時人夫は「コカ」を少し貰つたといつて木の実を五つ六つくれた。西洋種のサクランボのやうな形の心持大きいので灰色がゝつた青い実である。佳味いからといふので口に入れて見るとぐやりと軟かなものである。少したべたせいか酷く佳味かつた。自分はもつと欲しいと思つた。湖畔に添うて行くうちに腕位の木が一本道に伐り倒してあつた。木には指程の蔓が絡まつて居る。此は今の男が伐り倒したのでコカを採つて行つたのだと人夫はいつた。此の蔓がニキヤウといふので其実がコカだといふのである。僅かな木の実を採るために攀ぢのぼることの面倒を厭うて、腰へ挟んだ鉈《なた》で遠慮もなく木を伐り倒したのである。自分は山中の人間といふものは恐ろしい無造作なことをするものだと思つた。コカといふものがこんな所にあるものかと聞いたらそこらに幾らでもあるだろうと人夫はいつた。自分は人夫にもさういつて行く/\あたりを注意した。然し十和田へ着くまで到頭コカは獲られなかつた。次の日自分は湖水に船を泛《うか》べて
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