て見ることが出来ないと云つた。鶴爺さんは数へ切れぬ野獣を打つて一方には藩主の保護をも受けて居た身でありながら今は此の如き陋屋《ろうおく》に燻《くす》ぶつて居るのである。老後の為めには彼は無益に其絶倫の技倆を発揮して居たのであると思ふと此の岩畳《がんじよう》な老夫が寧ろ哀れつぽくなる。然し鶴爺さんの渾身は信州人が有する勇悍なる気性の結晶である。渋に此の如き猟夫の有つたことを伝ひ得れば彼の為めには十分である。野獣の絶滅と共に将来|復《また》た彼が如き猟夫を見ることは不可能でなければならぬ。彼は彼等の社会に於ける最後の光明である。
彼が語つた少時の功名は自分をして更に長く彼を忘れしめないであらう。それは彼が十三の秋であつた。彼の母が非常に「シラクチ」の実を好んだので時々それを採りに行つた。「シラクチ」の実は熟すと自然に酒の味がして佳味《うま》い。或日火縄銃を担いで山を分けて行つた。彼は父なるものが猟夫であつたので鉄砲持てるやうになつてからは自然山鳥などを打つて遊んで居たのであつた。シラクチの実を採ろうと思つて居るとがさ/\と近くに響を立てるものがある。凝然としてすかして見ると大きな黒いもの
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