力を集注せしめたゞけでどんなものであつたか能《よ》くは分らなかつたといふのであつた。此の峠は自分も嘗《かつ》て越えたことがある。眠に落ちやうとする時遠く幽かに耳に入る人語の響のやうな水の流を有する深い谷が巨口を開いて時々空に向いて水蒸気を吐く。さうして其薄い霧が烟の如く密樹の梢を伝ひては消散するを見たのであつた。尾頭峠は自分は夜も越えた。さうして松火《たいまつ》さへも持たなかつた自分は其時崖から墜落した。幸に大事には至らなかつたが其時の恐ろしかつた記憶が自分をして尾頭峠を忘れしめない。それで其噺がひどく心を惹いた。一つには其白い花を見たことの経験があるからである。自分は蔦の花だと了解した。塩原に行つた人は、赤味を帯びてさうして皺のよつたやうな然《し》かも柔靭な洋杖《ステツキ》を商つて居るのを知つて居る筈である。其大なるものは之を横に切つて土瓶敷が作られてある。鬱然たる老樹の幹を伝ひて大蛇の如く攀ぢ登つて居るのがさうだといつた。其蔓の先に開く白い点の聚《あつま》りのやうな花が其大樹を飾るものゝ如くであつた。其花は明白地でも又霧の中でも同じく自分の心を惹いたのであつたが、花の形がどうであつ
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