られず、隣でスヤスヤ眠る翁がうらやましかつたが、そのことを翌朝翁に談ると『珍客を愛撫してくれるノミの好意は有難く受けるものでがすよ』と笑はれました。それから栃木縣の縣會議員の船田三四郎といふ人の家に一泊か二泊して御馳走になりながら、縣の政治書類を檢討させて貰ひ、さまざまな醜いカラクリを數字によつて明白にすることができて、大へん翁に喜ばれた時などは、とても嬉しく感じました。
わたしは、翁の思ひ出や、翁自身の思想の變遷やについて、機會のある毎に聞いては筆記しておいたのですが、今は皆散逸して無くなりました。しかし、今わたしの記憶に遺つてゐる翁の全生涯は翁が自ら教育して來た修業史である、といふことです。翁にとつては、政治でも、社會現象でも、自然現象でもすべてが、天授の教訓であります。或る時、翁は、何度目かの官吏侮辱罪で栃木の監獄に入り、木下と私と面會に行くと、最初に要求されたのが聖書でありました。わたし達が種々の註解書によつて聖書の研究をするのに對し、翁はただ自分で直讀するのですが、その解釋がまた活きてゐました。翁は善いと思つたことは直ぐに言行に移し表明するのを常としました。ところが、その直
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