リスト(農村の貴族)なのでせう」
「私の生まれた家は石川ではなくて五十嵐といひ、農村の舊い貴族と云へるでせうが、石川の方は貧しい農家です」
「ああさうですか。イシカハよりはイガラシの方が、發音が美しいですね。ところで、イシカハやニシカハのシカハとは何を意味しますか? 二つ姓がただイとニとで區別されるのはどういふ譯ですか?」
マダムはフランス語を私に教へるかたはら日本語の研究を始めるのであつた。
「これは石と西とで區別される川を意味する名稱です」
「はあ、ピエール・ド・リビエール(川の石)と、ウエスト・ド・リビエール(川の西)ですか」
とマダムは速解する。フランス語では形容詞を名詞の後に置くのが常例なので、石川を『川の石』西川を『川の西』と解釋したのであつた。
次にマダムから發せられた質問は、『妻君はどうしてゐるか?』といふことであつた。
「私は結婚してゐないから、身輕です」
と言へば、
「どうして結婚しないのですか? 獨身主義なのですか?」
とせめ立てる。
「いや獨身主義ではありませんが結婚の機會を逸したのです。それに私の今の考へでは、結婚は財産權と同じく排斥すべきだと思ひま
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