傍から言葉を添へていふ。
「クリスチャンだからつて、一概に排斥するには及ぶまい。クリスチャンにもいろいろある」
 マダムも顏色を和げて、ほがらかに言ふ。
「さういへば、ヨーロッパでも最初はキリスト教から社會主義になつた人が澤山にあります。けれども今社會主義または無政府主義を唱へるものは、直ちにキリスト教徒から敵對されます」
 これに應じてわたしはまた語を續けた。

 わたしは、前にも言つたやうに十五、六歳の時から社會主義や無政府主義のことを教へられ、學生時代から新聞や雜誌に『ソーシャリズム』を主張した文章を寄せました。しかし、ほんたうに人類社會への獻身といふことを教へられ、全我をそれに傾倒しようとする情熱を養はれたのは全くキリスト教によつてでありました。海老名彈正氏の『新武士道』といふ説教などにはどの位感激せしめられたことでせう。この海老名氏の本郷教會からは可なり多くの進歩的な青年が輩出しました。小山東助だの吉野作造だの、内ヶ崎作三郎だの、三澤糾だのいづれも當時の進歩的若人だつたのです。わが大杉榮なども同門の逸材といふべきでありました。
 わたしは海老名氏の教會に出入する當時、別に内村
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