きたのです。
 それから間もなく、私は堺利彦、花井卓藏兩先輩の紹介で萬朝報社に入社することになりました。明治三十五年初秋でありました。花井氏とは、わたしがまだ母のところにゐた十五六歳の頃から知り合ひになり、花井氏の長男節雄君が死去した時には私は香爐を持つて葬列に加はりました。堺氏と知り合ひになつたのは、同氏が福田氏の隣家に引越して來られたことが因縁になつたのです。堺氏の何かの文章を讃美したもの(何かの雜誌に掲載したもの)を福田氏に見せると『堺さんは家のお隣に越して來たの』といひ、すぐ堺氏を呼んで來てご馳走しながら紹介してくれました。兎に角、かうして私は萬朝報社の記者にさして貰ひました。そして最初のうちは社長黒岩周六氏の祕書を兼ねてゐました。
 堺氏は私を萬朝報記者にしてくれると同時に、私を試驗地獄から救つてくれました。私は學校を卒業するまで、あの樣な試驗を受けるつもりはなかつたのです、まつたく戀ゆゑに迷ひこんだ横道でありました。この試驗を思ひ切るといふことは何でもないが、そのために、天にも地にも、かけがへのない生命そのものである戀をも思ひ斷たねばならなくなるであらうといふ不安がありまし
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