た。しかし『そんな馬鹿氣たことは止めたまへ』といふ堺氏の忠告には眞實がこもつてゐました。恐らく堺氏は福田氏から私の心の惱みを聞き知つたのかも知れません。堺氏の言葉に從つて私はその年の試驗のみならず、永遠にそれを斷念しました。しかし私の戀心はつのるばかりでした。先方は私が新聞記者になつたことに失望を感じたらしく學校を卒業して高等女學校の教諭になつたばかりで病臥する身となりました。私はそれを見舞ひたかつたのですが、澄子さんや母親の心持が、私を快く受け容れてくれるかどうかわからないので思ひ止まりました。唯澄子さんの弟を通して私の心を傳へるのみでありました。弟は常に私のところに出入してゐましたから。
萬朝報時代
「辯護士だの、裁判官だのにならないで、あなたは助かりました。ほんたうに、人間として生きることができたのです。その意味でムッシュウ堺こそ、ほんたうにあなたの救主ですよ」
マダムには、私の戀愛問題など問題ではない。それよりは生まれた子供こそ大切だと考へて、そのことを問ひ詰めて來る。子供は私の母が孫娘として愛育しましたと答へると
「ああ、さう! それで安心しました」
といか
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