づわたしのところに來ることになりました。それには渡邊政太郎君が容易ならぬ骨折りで悲劇喜劇を演じながら兎も角も無事に移轉ができたのです。貧乏の結果、借金取りの包圍に會つて家財の運搬など思ひもよらぬ有り樣であつたのを渡邊君が一切引きうけて始末をつけてくれたのです。
 四十五年は半ばで大正元年になりましたが、その年の大晦日に渡邊とともに出版書の始末を終つたところに、裏口の方から『石川さんこちらですか』といふ聲がかかりました。田中正造翁の聲です。飛びだして見ると翁は人力車から降りるところです。
「やれやれ見つかつてよかつた。あちこちと一時間あまりも探しましたぜ!」
 二週間ほど前に海岸通りから少し高臺に移轉したために翁をまごつかせた譯です。しかし一家一族が大喜びで翁を迎へたので、翁はとても嬉しさうに、懷から十圓札を一枚だして
「これで皆さんと一しよにお正月をさせておくんなんしよ」
 といふのです。われわれに對する翁の愛情の深いのには、いつも感激させられます。横濱まで來てお正月をしようといふ翁の心の中には、貧困の極にあるわれわれがこの年の瀬を如何にして越しうるか、といふ心やりもあつたのでせう。無
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