聞紙にくるんだ物を小脇にかゝへては入つて來た。
『失敬なやうだけれど、君と僕との間だから、惡るく思うて呉れたまふな』
『いえ、どう致しまして』
『僕がちよつと着たのだから、きたなくはない』
『結構です、どうも着物のことなど少しも關はんものですから……』
『關はないのはよろしいが、あんまり、ひどいや』
 花井氏は顏をしかめてかう言ふ。その澁い底力のある聲は少しくうるんでゐる樣子であつた。
『恐縮です』
 博士自らていねいに包みなほして、カタン糸にてゆはいて呉れたのを予はいただくやうに受取つた。予は拜領の包を抱へて椅子から立つた。花井氏はまた一語を送るのである。
『早く身體を丈夫にしてね……』
 予は花井邸の玄關をそこそこに出て、ほつと一息した。平生『敞衣褞袍、興衣狐狢立、而不恥者、其申也歟』など言うて、いささか誇りにしてゐた予も、人情の不意討を喰うて不覺の涙さへ禁じ得なんだ」
 當時の私の状態がいかに哀れなものに見えたかが想像せられます。わたしに飜譯の仕事を世話してくれたり、いろいろ助力をしてくれた同郷の先輩、佐藤虎次郎氏――この人のことは前にも書いた――は或る時わたしに勸告して
「もし
前へ 次へ
全127ページ中120ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 三四郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング