の世は墓場のやうなものだ、生きた人間はめつたにゐないで、幽靈や惡鬼どもが、墓石の間から、ぬけでて來て到るところに陰險な惡事をはたらいてゐる』といふやうなことを書いたのではないかと思ひます。いろいろの都合で裁判をひきのばし、刑が確定していよいよ入獄となつたのは明治四十三年三月ごろであつたと思ひます。
 わたしの入獄がきまつた時、わたしは母の突然の死に會ひました。なにしろ二度目の入獄なので、母はよほど心にこたへたと見えて、『わたしはお前が惡人だとは、どうしても思へない。警察へ行つて談判してやる』と言つてくやしがつてゐました。兄がなだめて『お母さんが幾ら談判しても、三四郎の罪がゆるされるものでも、輕くなるものでもないから、それは無駄です、三四郎の仕事は後世にのこる、歴史的な大きな仕事なんだから、お母さんは自慢してよいのです』と、いつもと變つてねんごろに説くのでありました。二人の兄が刑事事件で、長く獄中に生活し、今度は三男のわたしが、二度までも入獄するといふので、老母は相當に心を惱ましたらしいのです。當時上京して、兄とともに飯田町に居を卜してゐた母は、突然腦溢血でたふれ、わたしが飛んで行つたと
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