人があつたので、バルコンに出て見ると、錦町の街路は、數丁の間黒山の人で一ぱいでした。これはしまつた、と強いショックを受けたが如何することもできません。
赤旗を擁護して戰つた人々の中には若い娘さん達もゐました。山川均前夫人、大須賀里子さんは柔道の達人で、巡査を街頭に投げ飛ばしたといふ評判でした。神川松子孃も常に肩を張つて天下を横行する人でした。小暮禮子といふ當時十六、七歳の少女も加はつてゐました。小暮孃は後の銀座襲撃事件の主動者となつた黒色青年の山崎眞道を産んだ人です。
どうしてこんな事件が勃發したか? 世間では大分|揣摩《しま》臆説した向もあつたやうでした。反動政治家山縣有朋が當時の西園寺内閣に對する反間苦肉の策だと如何にもうがつた説を立てる人もありました。ことほど左樣にこの『赤旗事件』は不可解な大騷動になりました。けれども私の見るところでは至極簡單な合戰であつたと思ひます。先に出獄した山口義三を上野驛に迎へた吾々は同驛前で警官隊と小ぜり合ひをしました。交番に引つぱられた一同志を奪還したことも先方にはくやしかつたらうが、廣小路を練つて行く間も、私に付そうて行く指揮官警部の頭を後方か
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