、三人で食べることができました。)ことに平常無收入で無一物な田中翁が、どこからか工面して呉れたのだと思ふと、涙がこぼれるほど嬉しく感じました。
 それから間もなく、たしか上野の三宜亭でわたしの出獄歡迎會が開かれました。それは西川光次郎君一派が主催したもので、堺君一派の人々は參加しませんでした。わたしの下獄以來、西川、赤羽、片山、田添(鐵二)等の一派と、堺、幸徳、大杉、荒畑、山川等の一派とは分裂して、大ぶ惡口を言ひ合つた樣子でした。最初のうちは思想傾向の相違で分れたらしかつたが、だんだんに感情的に他を排撃し合ふやうになつたのです。ところが西川、赤羽等と、片山、田添等とは更に分裂して、今度は初めから喧嘩になつたらしく思ひます。三宜亭の歡迎會に出席した高島米峰君は『石川君の同じ友人であり同志である堺君等がこの席に列ならないのは甚だ淋しい。議論は議論として、このやうな場合には皆一堂に會して共同の友を迎へたらどうだ』と一矢を放ちました。
 こんなことがあつたので、私より一ヶ月おくれて出獄した山口義三君の歡迎會は、わたしが發起人になつて西川一派と堺一派との合同の形で開催しました。會場は神田の錦輝館
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