ので、一先づ福田英子姉のところに落ちつくことになりました。當時福田氏は隨分貧乏してゐましたが、さきの『新紀元』が廢刊された時に創刊した『世界婦人』といふ月刊リーフレットの編集に當らせるべく喜んで迎へられました。この『世界婦人』に、わたしの獄中で執筆したクロポトキンの『自敍傳』と『パンの略取』とを一度に發表しましたが、その増頁號は飛ぶやうに賣れて、忽ち品切れになりました。クロポトキンのまとまつた紹介として、日本における最初のものであつたためであらうと思ひます。『世界婦人』は安部磯雄氏等の後援執筆で多少良妻賢母主義のにほひがあつたところへ、突然クロの紹介が出たので、從來の讀者は餘ほど驚いたやうでした。
 わたしの出獄を聞いていち早く飛んで來てくれたのは、田中正造翁でした。懷から金五圓也を出して『お小遣ひに困るでがせうから、ハハ……』といふのでありました。入獄の際、福田氏に托して置いたわたしの衣類その他の品物も、差入れの費用のために大かたは質札に換へられてあつたほどで、わたしは心から翁の意中に感謝しました。(五圓といふ金は今では小どものアメだま一つにも價しないが、あの當時は可なりのご馳走を二
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