ふ。出獄期の定まつてゐる私には、それほどでもないが、俊寛君に同情が寄せられました。

     赤旗事件のことども

 明治四十一年五月十九日、わたしは刑期が滿ちて巣鴨監獄の鐵門を出ました。携へ出たものの中に十五册千五百頁のノートがありました。それの大部分は後日の『西洋社會運動史』および『虚無の靈光』となつたのであります。そのうち『虚無の靈光』はわたしの獄中の瞑想の結果を綴つたもので、幼稚ではあるが信仰告白ともいふべきものでありました。然るに出獄後直ちに印刷して百頁餘りの小册子ができたのであるが、『虚無』といふ名稱が警視廳の忌諱に觸れて、製本がいまだ完成されない内に全部押收されてしまひました。これは警視廳も見當ちがひであつたことに氣がついたであらうが、諸新聞にも非難の文字が現はれました。わたしは印刷所に頼んで『破れ』を集めて辛うじて三册を製本することができましたが、その後わたしが放浪してゐる間に一部も無くなりました。原稿のノートも散逸して跡かたもなく消失した譯であります。ほんたうの虚無になつてしまひました。
 さてわたしは、多くの同志に迎へられて獄門を出ましたが、入獄の際に家を引拂つた
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