に匍《は》ひまつはり
道《ことば》を蔵した渾沌のまことの世界は
たちまちわれらの上にその姿をあらはす

光にみち
幸にみち
あらゆる差別は一音にめぐり
毒薬と甘露とは其の筺《はこ》を同じくし
堪へがたい疼痛《とうつう》は身をよぢらしめ
極甚の法悦は不可思議の迷路を輝かす

われらは雪にあたたかく埋もれ
天然の素中《そちゆう》にとろけて
果てしのない地上の愛をむさぼり
はるかにわれらの生《いのち》を讃《ほ》めたたへる

[#天から27字下げ]大正三・二
[#改ページ]

  晩餐

暴風《しけ》をくらつた土砂ぶりの中を
ぬれ鼠になつて
買つた米が一升
二十四銭五厘だ
くさやの干《ひ》ものを五枚
沢庵《たくあん》を一本
生姜《しようが》の赤漬《あかづけ》
玉子は鳥屋《とや》から
海苔《のり》は鋼鉄をうちのべたやうな奴
薩摩《さつま》あげ
かつをの塩辛《しほから》
湯をたぎらして
餓鬼道のやうに喰《くら》ふ我等の晩餐

ふきつのる嵐は
瓦にぶつけて
家鳴《やなり》震動のけたたましく
われらの食慾は頑健にすすみ
ものを喰らひて己《おの》が血となす本能の力に迫られ
やがて飽満の恍惚に入れば
われ
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