ながさず
ただ東洋の真珠の如き
うるみある淡碧《うすあを》の歯をみせて微笑せり
額ぶちを離れたる
モナ・リザは歩み去れり

モナ・リザは歩み去れり
かつてその不可思議に心をののき
逃亡を企てし我なれど
ああ、あやしきかな
歩み去るその後《うしろ》かげの慕はしさよ
幻の如く、又阿片を燔《や》く烟の如く
消えなば、いかに悲しからむ
ああ、記念すべき霜月《しもつき》の末の日よ
モナ・リザは歩み去れり
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 雷門の「よか楼」にお梅さんという女給がいた。それ程の美人というんじゃないのだが、一種の魅力があった。ここにも随分通いつめ、一日五回もいったんだから、今考えるとわれながら熱心だったと思う。「よか楼」の女給には、お梅さんはじめ、お竹さん、お松さんお福さんなんてのがいて、新聞に写真入りで広告していた。私は昼間っから酒に酔い痴《し》れては、ボオドレエルの「アシツシユの詩」などを翻訳口述してマドモワゼル ウメに書き取らせ、「スバル」なんかに出した。

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わが顔は熱し、吾が心は冷ゆ
辛き酒を再びわれにすすむる
マドモワゼル ウメの瞳のふ
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