が判って呉れる筈である。
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失はれたるモナ・リザ
モナ・リザは歩み去れり
かの不思議なる微笑《ほほゑみ》に銀の如き顫音《せんおん》を加へて
「よき人になれかし」と
とほく、はかなく、かなしげに
また、凱旋の将軍の夫人が偸見《ぬすみみ》の如き
冷かにしてあたたかなる
銀の如き顫音を加へて
しづやかに、つつましやかに
モナ・リザは歩み去れり
モナ・リザは歩み去れり
深く被はれたる煤色《すすいろ》の仮漆《エルニ》こそ
はれやかに解かれたれ
ながく画堂の壁に閉ぢられたる
額ぶちこそは除かれたれ
敬虔の涙をたたへて
画布《トワアル》にむかひたる
迷ひふかき裏切者の画家こそはかなしけれ
ああ、画家こそははかなけれ
モナ・リザは歩み去れり
モナ・リザは歩み去れり
心弱く、痛ましけれど
手に権謀の力つよき
昼みれば淡緑に
夜みれば真紅《しんく》なる
かのアレキサンドルの青玉《せいぎよく》の如き
モナ・リザは歩み去れり
モリ・リザは歩み去れり
我が魂を脅し
我が生の燃焼に油をそそぎし
モナ・リザの唇はなほ微笑せり
ねたましきかな
モナ・リザは涙を
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