も漲っているかも知れない、凡人の悲しみである。
 しかし、私は、それを、何人のこころにもある、巨大な悲しみとして、胸の底にしまいこんだ。
 私は、ひそかに、悪いことをするもののように、いつの日にか、良い本が出たら、一千冊を直ぐ、買うことのできる、また売ることのできる、大手を振って注文できる組織を、大衆の名において、つくって見せる日に近づこうと誓った。
 このこころを、この三寸の胸に、ひそめていた私は、図書館法通過の責任を担った去年七月、一つの熱情として、私をとらえていた。
 この法案は、日本の村々の涯に、あのつぶらな瞳をした、少年達に、青年たちに本を読ます図書館をつくってやるという法案である。
 こんなに簡単な、こんな明るい法案が、最近の国会の中にあったであろうか。
 しかもこの法案は、人々からいえば、隅のゴミゴミした屑法案の一つでしかなかったかも知れない。ちょうど、義務教育法案が、日清宣戦布告の議案よりも遙かに軽い法案であったように。
 しかし、今から思えば、明治法案中、地方文化にとって、義務教育法案ほど、巨大な意義をもつ法案は、今後の歴史の上においても見出せまい。
 目に見えない法
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